第7話

未配架

鍵付きの棚から、一行箱と古い台帳が現れる。そこには、五冊目が作られた日の記録があった。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
8〜11分
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開いた未配架棚、木の一行箱、古い台帳と伏せられたタブレット

雨期B―17。

それは人の名前ではなかった。

名前を書かなかった誰かを、店の中だけで見失わないための番号だった。


01 / 8 雨期B―17

台帳の該当欄には、短い記録が並んでいた。

六月・雨期箱

受付番号 B―17

媒体 買上レシート

小冊子試作 一件

公開保留

ソウマ

「買上レシート」

自分が最初に書いた紙と同じだった。

ミラ

「一行箱へ入った紙は、封筒AとBへ分けて保管されています」

コトハ

「Aは残っています。Bは……」

棚を見回す。

見つからない。

アキトは貸出欄のAから目を離さなかった。

ソウマ

「そのA、アキトさんですか?」

アキト

「当時、母と使っていた整理印だ」

否定ではなかった。


02 / 8 一冊だけ

次の記録には、試し刷りの詳細があった。

題名 雨の日の郵便屋

試し刷り 一部

原文確認 未了

外部配布 不可

ミラ

「古い試し刷りは、最初から一冊だけです」

ソウマ

「じゃあ、今ある五冊目がその一冊」

コトハ

「はい」

答えは早かった。

しかし、なぜその一冊が昨夜の机へ出たのかは語らない。

台帳の隅には、祖母らしい丸い字で注意書きがあった。

匿名でも、最初の一行は誰かのもの。

本人を確認できないまま、外へ渡さないこと。

ソウマは、その二行を長く見ていた。

コトハは見られなかった。


03 / 8 消えた封筒B

封筒Aには、番号の前半にあたる紙片が残っていた。

便箋の端。

パン屋の袋。

学校のプリント。

内容は読まず、番号だけ確認する。

B―17が入っているはずの封筒Bだけがない。

貸出日は、十四年前の試し刷りが止まった前日。

返却欄には斜線がある。

ミラ

「返した記録はある」

アキト

「戻した」

ソウマ

「どこへ?」

アキト

「棚へ戻したつもりだった」

ソウマ

「十四年、見つかってませんけど」

アキト

「言い訳はない」

短い答えだった。

ただし、封筒を借りた理由には答えていない。


04 / 8 消えた七分

ミラが端末を開いた。

ミラ

「私も、話します」

五冊目が現れた夜。

深夜一時十七分から二十四分まで消えていた履歴。

ミラはその七分間、二年前に作った古資料のデータを開いていた。

ソウマ

「題名を見て、思い出した?」

ミラ

「正確には、似たファイル名を」

旧資料をスキャンしたとき、ミラは傾きや汚れを自動で整える処理をかけた。

読みやすい画像はできた。

その代わり、薄い鉛筆や紙の押し跡まで“汚れ”として消えた。

ミラ

「気づいたあと、元画像は残しました。でも、失敗を共有しませんでした」

アキト

「昨夜、その元画像を見た」

ミラ

「はい。見たことも、履歴から消しました」

役に立つ形へ整えた結果、元の声を一度消した。

それを隠すために、もう一度記録を消した。


05 / 8 消された鉛筆

ミラが、加工前と加工後の画像を並べた。

加工後は、白く読みやすい。

加工前は、紙の影や指の跡まで残っている。

第1号計画ファイルを撮った一枚。

背の裂け目から、切り離された紙の端がわずかにのぞいていた。

自動補正後の画像では白く消えている。

元画像を拡大すると、文字が読めた。

原文 雨期B―17

その下。

続き 青葉コトハ

ソウマは画像と、現在のコトハを見比べた。

ソウマ

「コトハさんが、続きを書いた」

コトハはうなずく。

コトハ

「十五歳のときです」

それだけだった。

なぜ制作記録の頁が冊子から消えたのかは、まだ言わなかった。


06 / 8 読みやすくしたもの

ミラが加工前後の資料画像を並べた端末を四人へ向け、消した痕跡を共有し直す。

ミラ

「加工後の画像では、“雨期B―17”が消えています」

自分の失敗を、自分の画面で拡大する。

ミラ

「私は見やすくしたつもりでした。でも、何を残すかを資料に聞かず、私が決めました」

コトハが静かに言う。

コトハ

「私を守ろうとしたんですか?」

ミラは少し迷う。

ミラ

「最初は失敗を隠したかっただけです。昨夜は、コトハさんのことも隠そうとしました」

コトハ

「私に確認せずに」

ミラ

「はい」

同じ言葉が、別の人へ返ってきた。

誰かを守るために、本人へ渡す情報を減らす。

それは優しさに見えて、選ぶ順番を奪う。

ミラは元画像を共有フォルダへ戻した。

今度は履歴を消さなかった。


07 / 8 コトハの箱

棚の奥に、青葉コトハと書かれた平たい箱があった。

蓋の隙間から、古い原稿の端が見える。

冒頭だけ読めた。

雨の日だけ、灯りを運ぶ人がいた。

ソウマは五冊目を見る。

似ている。

人物も物も違うのに、同じ雨の中から始まっている。

ソウマ

「これも、“雨の日の郵便屋”から?」

コトハ

「数年後に書いた原稿です」

ソウマ

「見せてもらえますか?」

コトハの手が箱へ伸び、止まる。

コトハ

「今は、まだ」

ソウマは追わなかった。

ただ、コトハも“最後だけはまだなし”と言っているように見えた。


08 / 8 戻した場所

アキトは、加工前の写真を拡大していた。

第1号計画ファイルの背が、今より厚い。

ミラ

「封筒B、ここへ挟んだんじゃないですか」

アキトはすぐには答えなかった。

十四年前、棚が閉まっていた。

翌日戻すつもりで、目立つファイルへ一時的に挟んだ。

そこまでは思い出している。

アキト

「可能性はある」

ソウマ

「また可能性」

アキトはファイルへ手を伸ばし、触れる前に止めた。

アキト

「ただ、封筒Bだけじゃない」

コトハ

「何を入れたんですか?」

アキトは、五冊目の抜かれた頁を見る。

アキト

「切られた頁も、拾った」

コトハの顔から、血の気が引いた。

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