第2話

四冊

四人は、ソウマの続きを一人一冊だけ刷る。数え、写真にも残した四冊は、翌朝まで確かにそこにあった。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
7〜10分
読み始める
木の机に並ぶ四冊、プリン、糸綴じの手元

四人だけで読むために、四冊刷った。

数えた。写真にも残した。

閉店するときも、机の上には四冊しかなかった。

翌朝までは。


01 / 8 三日後の続き

三日後。

ソウマは紙袋を抱えてアトリエへ戻った。

扉を開けると、まずコルクボードを見る。

レシートは、同じ場所に留められていた。

雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。

ソウマ

「……ほんとに残ってる」

コトハ

「返した方がよかったですか?」

ソウマ

「いや。ちょっと嬉しいです」

言ってから照れくさくなり、紙袋を持ち上げる。

ソウマ

「なので、入場料」

中にはプリンが四つ。

コトハ

「入場料はありません」

ミラ

「今日からあります」

紙袋の底には、小さなノートもあった。

ソウマはそれを机へ置く。

ソウマ

「……続きも、少し書きました」

四ページ。

コトハは手を伸ばす前に聞いた。

コトハ

「どこまで読んでいいですか?」

ソウマは少し驚き、四ページ目の途中へ付箋を貼る。

ソウマ

「ここまで。最後だけは、まだなしで」

なぜそこだけ見せたくないのか。

自分でも、うまく説明できなかった。


02 / 8 読んでいいところ

ミラが小さな紙へ書き出した。

  • 読んでいい
  • 直していい
  • 残したい
  • 最後に決める

ソウマ

「最後に決めるの、俺?」

ミラ

「作者なので」

ソウマ

「急に責任が重い」

アキトが向かいへ座る。

アキト

「案は出す。決めるのはお前だ」

ソウマ

「声だけ聞くと逃げ道を塞がれてるんですよね」

コトハは最初の一文を指した。

雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。

コトハ

「これは?」

ソウマ

「変えたくないです」

コトハが、原文のまま残すと記した紙片を挟む。

その横でアキトが赤鉛筆を取った。

コトハの視線が、一瞬だけ赤い軸へ動く。

アキトは何も言わず、赤鉛筆を置いた。

代わりに青を取る。

ソウマ

「赤じゃないんですか?」

アキト

「今日は青でいい」

コトハは、ほっとしたようにも見えた。


03 / 8 四人の直し方

同じ四ページを読んでも、四人が止まる場所は違った。

コトハは、郵便屋が濡れた封筒を両手で包む場面を残したがった。

ミラは、似た説明が続く二行を並べた。

アキトは三ページ目で止まる。

アキト

「この郵便屋、なぜ届けてる?」

ソウマ

「そこ、またですか」

アキト

「まだ書いてない」

三人から順番に言われ、ソウマは椅子へ沈んだ。

ソウマ

「原稿って、四方向から風が吹くんですね」

ミラ

「三方向です」

ソウマ

「自分からも吹いてるんで四方向です」

コトハが笑う。

少しだけ肩の力が抜けた。

コトハ

「郵便屋の町は、どんな場所ですか?」

ソウマは答えようとした。

頭に、一瞬だけ景色が浮かぶ。

濡れた軒先。低い机。赤い傘立て。

ソウマ

「……あれ」

ミラ

「どうしました?」

景色はもう消えていた。

ソウマ

「なんでもないです」

考えたことのない町なのに、懐かしかった。


04 / 8 紙を選ぶ

午後は紙選びになった。

白。薄い灰色。青みのある紙。

ソウマが選んだのは生成りだった。

ソウマ

「真っ白だと、ちゃんとしすぎて見えるんですよね」

コトハ

「分かります」

ミラ

「二人とも紙に助けてもらおうとしてません?」

棚の下に、もっと古い生成りの紙が数枚だけ残っていた。

ソウマが一枚抜こうとする。

コトハ

「それは使いません」

思ったより強い声だった。

コトハ

「……古い紙なので」

棚へ戻す瞬間、裏側に薄い印が見えた。

青葉印刷文具店

ソウマの指が止まる。

ソウマ

「これ、どこかで見たような」

コトハとアキトが、同時に黙った。

ソウマ

「いや。気のせいだと思います」

誰も、そうだとは言わなかった。


05 / 8 四部

小型印刷機が、大きなくしゃみのような音を立てた。

ソウマ

「これ大丈夫です?」

コトハ

「機嫌は悪いですが健康です」

ミラがデータを確認する。

s01-trial-v1

公開しない、今日だけの版。

部数欄へ入力する。

4

テスト紙を一枚出し、ミラが大きくTESTと書いて別の箱へ入れた。

それから本番。

一部。

二部。

三部。

四部。

印刷機が止まる。

四人で数えた。

コトハ

「四」

ミラ

「四」

ソウマ

「俺も?」

アキト

「数えろ」

ソウマ

「……四です」

笑いが起きる。

このとき、確かに四部しかなかった。


06 / 8 折る、綴じる、食べる

紙を折り、穴を開け、糸で仮綴じする。

ミラの冊子は寸法どおり。

アキトの冊子は角まで揃っている。

コトハの冊子は柔らかく開く。

ソウマの糸だけ、少し斜めだった。

ソウマ

「性格診断みたいになってません?」

コトハ

「斜めでも読めます」

アキト

「直せるなら直せ」

ソウマ

「すぐ現実を入れてくる」

そこで作業を止め、四人でプリンを食べた。

原稿の話はしなかった。

向かいのカレー屋の匂いが強すぎるとか、ミラはカラメルを最後まで残すとか、どうでもいい話だけをした。

食べ終えると、それぞれの冊子の最後へ印を入れる。

K / S / M / A

ミラが四冊を並べて写真を撮った。

時刻は、17:42。

画面の中にも、四冊。

ソウマ

「ちゃんと本に見える」

コトハ

「ちゃんと本ですよ」

その言葉だけは、少し嬉しかった。


07 / 8 四人だけの本

閉店前。

四冊を空欄の第1号計画紙の上へ並べた。

K。S。M。A。

コトハ

「今日は外へ出しません」

ミラ

「Webにもなし」

アキト

「修正も明日から」

ソウマ

「俺は恥ずかしくなっても燃やさない」

一冊ずつ持ち帰ることもできた。

けれど、ソウマは首を振る。

ソウマ

「初日くらい、四冊並べておきたいです」

ソウマとミラが帰る。

アキトも入口でコトハへ鍵を返した。

アキト

「奥は触ってない」

コトハ

「……はい」

アキト

「まだ黙ってるのか」

コトハは答えない。

一人になった店で、中央の机を見る。

四冊。

それから、奥の戸棚。

コトハは真鍮の鍵を差し込んだ。

カチリ。

扉を開ける。

一番奥には、十四年前の試し刷りが一冊だけあった。

コトハは、そこへ手を伸ばした。


08 / 8 五冊

翌朝の作業机で、ミラとコトハが四冊の新しい冊子に混じる古い五冊目を見つける。

翌朝。

最初に来たミラが、中央の机の前で止まった。

一。

二。

三。

四。

五。

もう一度数える。

五。

ミラ

「……コトハさん」

数分後、コトハも机の前で動かなくなった。

昨日作った四冊は全部ある。

K。S。M。A。

その中央に、もう一冊。

紙は黄ばみ、角が擦れ、糸も古い。

遅れて来たソウマが机を見る。

ソウマ

「……四人の算数、昨日で壊れました?」

アキトは笑わなかった。

アキト

「昨日刷ったものじゃない」

ミラが17時42分の写真を開く。

写っているのは、四冊。

ソウマが古い一冊を開いた。

最初のページ。

雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。

ソウマ

「……届けない?」

その下には、赤鉛筆の文字が残っていた。

この一文を、私は知っています。

アキトの顔から、わずかに色が消えた。

コトハは、その変化を見ていた。

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