第6話

届かなかった手紙

ソウマが持ってきた古い菓子缶には、書けなかったはずの手紙と、十四年前の店につながる紙が残っていた。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
8〜11分
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古い菓子缶、未投函の封筒、青葉印刷文具店の小さな店印

書けなかった。

ソウマは、ずっとそう話してきた。

けれど古い封筒の中には、最後の一行まで書かれた手紙が残っていた。


01 / 8 古い缶

次の土曜日。

ソウマは、小さな菓子缶を抱えて来た。

角がへこみ、蓋には子どものころ貼ったバスのシールが残っている。

ソウマ

「実家の押し入れにありました」

机へ置いても、すぐには開けない。

コトハ

「手紙ですか?」

ソウマ

「書けなかったやつ、だと思ってました」

蓋を外す。

中には薄青い便箋と、小さな封筒が一通。

封筒には、宛名も住所も書かれていた。

アキトが目を上げる。

アキト

「書けなかった手紙に、宛先がある」

ソウマ

「はい。そこからもう、俺の話と合わないです」

封は閉じていなかった。

ソウマは便箋を取り出し、指で端を押さえた。

手が震えていることだけは、冗談にできなかった。


02 / 8 最後まである

コトハは、読む前に尋ねた。

コトハ

「どこまでなら大丈夫ですか?」

ソウマは二枚目の途中へ紙を置く。

ソウマ

「名前と、家のことは飛ばしてください。それ以外は」

手紙には、引っ越しの日に言えなかったことが書かれていた。

団地の階段で話したこと。

雨の日のバス。

新しい町でも元気でいてほしいこと。

そして、別れの言葉まである。

最後には署名もあった。

ソウマは便箋を見たまま、乾いた笑いをこぼした。

ソウマ

「完成してますね」

誰も笑わない。

コトハ

「書けなかったのではなく」

ソウマ

「送らなかった」

自分で続きを言った。


03 / 8 返事が怖かった

封筒の右上には、切手を一度置いた跡があった。

糊の薄い四角だけが残っている。

ミラ

「貼ろうとはした?」

ソウマ

「水もつけたと思います」

アキト

「なぜ剥がした」

ソウマ

「返事が来なかったら嫌だったから」

答えてから、首を振る。

便箋の最後に、一度書いて消した文字がある。

返事はいらない。

ソウマ

「違うな。来なかったら、まだ待てたんです」

新しい友人ができたと返されるかもしれない。

もう寂しくないと分かるかもしれない。

あるいは、自分と同じように寂しかったと分かるかもしれない。

ソウマ

「返事が来たら、関係が一つに決まる気がした」

だから、届けなかった。

自分で選んだ。


04 / 8 言い直した過去

ソウマ

「ずっと、“書けなかった”って言ってました」

菓子缶の縁を指でなぞる。

ソウマ

「そっちの方が、仕方ない感じがするから」

ミラ

「送らなかったなら、自分が選んだことになる」

ソウマ

「はい」

アキト

「何度も説明すると、自分でもその形を信じる」

ソウマ

「教材みたいに言わないでもらえます?」

軽口は戻ったが、前より短かった。

コトハは手紙ではなく、ソウマを見る。

コトハ

「話し直せたことも、今の選択です」

ソウマは答えず、便箋を丁寧に重ねた。

そのとき、封筒の底から小さな紙片が落ちた。


05 / 8 青葉の印

紙片は、古い店の包装カードだった。

裏に、青葉の形をした小さな印がある。

今のStory Atelierの印ではない。

コトハが指を止める。

コトハ

「旧・青葉印刷文具店の店印です」

ソウマ

「じゃあ、俺はここで買った」

紙片の日付は、十四年前の六月。

五冊目の奥付と同じ週だった。

品目欄には、丸い字で四つ。

便箋。

封筒。

切手。

0.5ミリの黒ペン。

ミラ

「一行を書いた道具と一致しますね」

ソウマ

「まだ、俺が書いた証拠ではないですけど」

否定ではなく、確認する声だった。

赤い傘立て。毛布の引き出し。紙と糊の匂い。

ばらばらだった記憶が、同じ日に集まり始めていた。


06 / 8 箱へ入れる紙

菓子缶の底に、もう一枚、折り畳まれた紙があった。

雨粒の焼き印。

開くと、短い案内が書かれている。

名前を書かなくてもかまいません。

残したい一行を、箱へ入れてください。

ソウマは声を出さずに読む。

第5話で戻った声と、同じ言葉だった。

ソウマ

「一行箱」

コトハ

「祖母が置いていました」

ソウマ

「入れた紙は、どうなったんです?」

コトハは少し迷う。

コトハ

「記録し、本人が望んだ場合だけ、小さな冊子へ育てることがありました」

ソウマ

「匿名なら、本人か分からないですよね」

コトハ

「だから、外へ出さないまま終わるものもありました」

机の五冊目が、急に別の重さを持った。


07 / 8 同じ週

コトハが古い真鍮の鍵を机の中央へ置き、ソウマたち三人へ開ける選択を渡す。

五冊目の奥付。

手紙の店印。

一行箱の案内。

すべて十四年前の同じ週へ集まっている。

アキト

「一行箱の台帳が残っているはずだ」

ソウマ

「知ってるんですね」

アキト

「昔、整理を手伝った」

コトハとアキトの間に、また説明されていない時間が見える。

ミラ

「台帳を確認すれば、雨期B―17が何か分かるかもしれません」

コトハは未配架棚の鍵を机へ置いた。

金属の音が、思ったより大きく響く。

コトハ

「開けます」

ソウマ

「今まで開けなかったのに?」

コトハ

「私だけが知っている状態のままにしないためです」

その言葉が、まだ完全ではないことを、コトハ自身が一番よく知っていた。


08 / 8 未配架

古い鍵を差し込む。

途中で一度引っかかり、コトハが扉を少し持ち上げた。

棚は長い息を吐くように開いた。

中には、題名のない箱が並んでいる。

取り下げられた印刷物。

校了前に止まった冊子。

本人の希望で、外へ出なかった原稿。

一番上に、小さな木箱があった。

側面には雨粒の焼き印。

ソウマは、見た瞬間に息を止める。

ソウマ

「これです」

投入口の縁に、子どもの指が何度も触れた跡がある。

その下から、厚い台帳が出てきた。

十四年前の六月。

コトハがページを開く。

そこに、薄い鉛筆で残っていた。

雨期B―17 小冊子試作 公開保留

そして貸出欄には、一文字だけ。

A

全員の視線が、アキトへ向いた。

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