第3話

五冊目

机に増えた古い一冊を調べると、冒頭だけでなく、作った人を示す頁にも不自然な痕跡が見つかる。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
7〜10分
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新しい四冊と古い五冊目、赤鉛筆の書き込み、斜めから差す光

昨日、四冊しか作っていない。

写真にも、印刷ログにも残っている。

それなのに翌朝、机には五冊あった。

増えた一冊は、十四年前の紙でできていた。


01 / 8 数え直す

ミラは冊子を、一冊ずつ離して並べた。

K。

S。

M。

A。

昨日作った四冊は、全部ある。

その横に、印のない一冊。

ミラ

「印刷ログは四部。テスト紙も残っています」

スマートフォンの写真には、17時42分の机。

四冊しか写っていない。

ソウマ

「誰かが予備を作ったとか」

アキト

「紙が違う」

古い一冊は、生成りというより黄ばんでいた。

糸も褪せ、角は丸く擦れている。

アキト

「少なくとも、最近の本じゃない」

ソウマは表紙を見る。

自分たちと同じ題名。

『雨の日の郵便屋』

ソウマ

「開いていいと思います?」

誰も、すぐには答えなかった。

自分の題名がついた本なのに、自分の本ではない。


02 / 8 逆の一語

アキトが薄い手袋をつけ、五冊目を開いた。

最初のページに、一文だけある。

雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。

ソウマの声が途中で止まる。

ソウマ

「届け……ない」

昨日の四冊を開く。

雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。

たった二文字で、郵便屋の向きが反転している。

ミラ

「“届ける”なら、どう届けるかの話です」

アキト

「“届けない”なら、なぜ届けないかの話になる」

ソウマ

「こっちの方が、先に答えを持ってるみたいですね」

コトハ

「答えとは限りません」

ソウマ

「じゃあ、何です?」

コトハは古い一文を見る。

コトハ

「前にあった、別の問いかもしれません」

アキトが次のページをめくる。

赤い線が、紙の奥まで沈んでいた。


03 / 8 十四年前

奥付には、旧・青葉印刷文具店の名があった。

日付は十四年前の六月。

ソウマ

「俺、十二歳です」

ミラ

「冊子は本当に古い?」

アキトが紙を光へ透かす。

繊維。印圧。糸の変色。

アキト

「昨夜作った偽物ではない」

コトハは奥付の隅へ触れかけ、手を引いた。

ソウマ

「この印、知ってます?」

コトハ

「祖母の店で使っていた形式です」

ソウマ

「初めて見る感じじゃないですよね」

コトハは答えず、紙の端を見た。

そこには、何かを切り取ったような小さな段差があった。


04 / 8 赤い一文

三ページ目の余白。

赤鉛筆で、短い言葉が書かれていた。

この一文を、私は知っています。

線は、冒頭の**「届けない」**へ伸びている。

ソウマは自分の手を見る。

ソウマ

「俺は三日前に“届ける”って書いたんです」

コトハ

「はい」

ソウマ

「昔から考えてた気はする。でも、これを読んだ覚えはない」

アキト

「誰かから聞いた?」

ソウマ

「それも覚えてません」

アキトの声は平らだった。

ただ、赤い文字を見る目だけが違っていた。

ミラは書き込みを撮影し、端末へ保存する。

ミラ

「まず、分かっていることだけにしましょう」

その言葉に、アキトが一瞬だけ目を伏せた。


05 / 8 昨夜の外側

扉にも窓にも、壊された跡はない。

鍵を持つのはコトハと、作業用の合鍵を預かるアキト。

ただし昨夜、アキトは帰る前に鍵を返している。

最後に店へ残ったのはコトハだった。

ソウマ

「外から入れられる場所は?」

コトハ

「郵便受けはあります。でも、この厚さは通りません」

ミラ

「題名も原稿も非公開です。知っていたのは四人だけ」

部屋の空気が変わる。

ソウマは、四人の顔を順番に見ることができなかった。

アキトが先に言う。

アキト

「置いた人と、赤字を書いた人が同じとは限らない」

ミラ

「どうして、そこを分けるんですか?」

アキトは答えなかった。


06 / 8 抜かれた一頁

五冊目の最後に、不自然な綴じ穴が一組余っていた。

破れた痕ではない。

糸を外し、一枚だけ抜いて、綴じ直している。

ミラ

「一頁、なくなっています」

ソウマ

「本文ですか?」

アキトが前後を見る。

物語自体は途切れていない。

アキト

「本文のあとだ」

コトハ

「奥付か、制作記録」

誰が書いたか。

何を元にしたか。

誰へ渡す予定だったか。

そういう情報を書く位置だった。

ソウマ

「物語じゃなく、名前のページがない?」

コトハの顔が、わずかに強張った。


07 / 8 斜めからの光

ミラが古い冊子へ斜めから光を当て、四人が抜かれた頁の圧痕を確かめる。

ミラが冊子を斜めから照らした。

抜かれた紙に書かれていた文字の圧が、次のページへ薄く残っている。

一文字ずつ、影を拾う。

原文

その下。

雨期B―17

そして、もう一つ。

続き

その先は、紙の傷に重なって読めなかった。

ソウマ

「B―17って、誰です?」

ミラ

「名前ではなく、管理番号かもしれません」

アキトは、読めなかった部分を見ていた。

コトハは、読めた部分を見ていた。

二人が知りたがっているものは、同じではないように見えた。


08 / 8 消された人

机には、五冊の本が並んでいる。

四冊は、ソウマの名で作った現在の試し刷り。

一冊は十四年前。

古い方には、最初の一文を書いた人を示す頁だけがない。

ソウマ

「これを置いた人は、何を見せたかったんでしょう」

ミラ

「本が昔からあったこと」

アキト

「一文に先があること」

コトハは何も言わない。

ソウマが、薄く残った文字へ指を置く。

原文 雨期B―17

名前ではない。

でも、誰かがいた痕跡だった。

ソウマ

「この本から消されたのは、話の続きじゃないんですね」

誰も否定しなかった。

消されたのは、最初の一文を書いた人だった。

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