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昨日、四冊しか作っていない。
写真にも、印刷ログにも残っている。
それなのに翌朝、机には五冊あった。
増えた一冊は、十四年前の紙でできていた。
01 / 8 数え直す
ミラは冊子を、一冊ずつ離して並べた。
K。
S。
M。
A。
昨日作った四冊は、全部ある。
その横に、印のない一冊。
ミラ
「印刷ログは四部。テスト紙も残っています」
スマートフォンの写真には、17時42分の机。
四冊しか写っていない。
ソウマ
「誰かが予備を作ったとか」
アキト
「紙が違う」
古い一冊は、生成りというより黄ばんでいた。
糸も褪せ、角は丸く擦れている。
アキト
「少なくとも、最近の本じゃない」
ソウマは表紙を見る。
自分たちと同じ題名。
『雨の日の郵便屋』
ソウマ
「開いていいと思います?」
誰も、すぐには答えなかった。
自分の題名がついた本なのに、自分の本ではない。
02 / 8 逆の一語
アキトが薄い手袋をつけ、五冊目を開いた。
最初のページに、一文だけある。
雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。
ソウマの声が途中で止まる。
ソウマ
「届け……ない」
昨日の四冊を開く。
雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。
たった二文字で、郵便屋の向きが反転している。
ミラ
「“届ける”なら、どう届けるかの話です」
アキト
「“届けない”なら、なぜ届けないかの話になる」
ソウマ
「こっちの方が、先に答えを持ってるみたいですね」
コトハ
「答えとは限りません」
ソウマ
「じゃあ、何です?」
コトハは古い一文を見る。
コトハ
「前にあった、別の問いかもしれません」
アキトが次のページをめくる。
赤い線が、紙の奥まで沈んでいた。
03 / 8 十四年前
奥付には、旧・青葉印刷文具店の名があった。
日付は十四年前の六月。
ソウマ
「俺、十二歳です」
ミラ
「冊子は本当に古い?」
アキトが紙を光へ透かす。
繊維。印圧。糸の変色。
アキト
「昨夜作った偽物ではない」
コトハは奥付の隅へ触れかけ、手を引いた。
ソウマ
「この印、知ってます?」
コトハ
「祖母の店で使っていた形式です」
ソウマ
「初めて見る感じじゃないですよね」
コトハは答えず、紙の端を見た。
そこには、何かを切り取ったような小さな段差があった。
04 / 8 赤い一文
三ページ目の余白。
赤鉛筆で、短い言葉が書かれていた。
この一文を、私は知っています。
線は、冒頭の**「届けない」**へ伸びている。
ソウマは自分の手を見る。
ソウマ
「俺は三日前に“届ける”って書いたんです」
コトハ
「はい」
ソウマ
「昔から考えてた気はする。でも、これを読んだ覚えはない」
アキト
「誰かから聞いた?」
ソウマ
「それも覚えてません」
アキトの声は平らだった。
ただ、赤い文字を見る目だけが違っていた。
ミラは書き込みを撮影し、端末へ保存する。
ミラ
「まず、分かっていることだけにしましょう」
その言葉に、アキトが一瞬だけ目を伏せた。
05 / 8 昨夜の外側
扉にも窓にも、壊された跡はない。
鍵を持つのはコトハと、作業用の合鍵を預かるアキト。
ただし昨夜、アキトは帰る前に鍵を返している。
最後に店へ残ったのはコトハだった。
ソウマ
「外から入れられる場所は?」
コトハ
「郵便受けはあります。でも、この厚さは通りません」
ミラ
「題名も原稿も非公開です。知っていたのは四人だけ」
部屋の空気が変わる。
ソウマは、四人の顔を順番に見ることができなかった。
アキトが先に言う。
アキト
「置いた人と、赤字を書いた人が同じとは限らない」
ミラ
「どうして、そこを分けるんですか?」
アキトは答えなかった。
06 / 8 抜かれた一頁
五冊目の最後に、不自然な綴じ穴が一組余っていた。
破れた痕ではない。
糸を外し、一枚だけ抜いて、綴じ直している。
ミラ
「一頁、なくなっています」
ソウマ
「本文ですか?」
アキトが前後を見る。
物語自体は途切れていない。
アキト
「本文のあとだ」
コトハ
「奥付か、制作記録」
誰が書いたか。
何を元にしたか。
誰へ渡す予定だったか。
そういう情報を書く位置だった。
ソウマ
「物語じゃなく、名前のページがない?」
コトハの顔が、わずかに強張った。
07 / 8 斜めからの光

ミラが冊子を斜めから照らした。
抜かれた紙に書かれていた文字の圧が、次のページへ薄く残っている。
一文字ずつ、影を拾う。
原文
その下。
雨期B―17
そして、もう一つ。
続き
その先は、紙の傷に重なって読めなかった。
ソウマ
「B―17って、誰です?」
ミラ
「名前ではなく、管理番号かもしれません」
アキトは、読めなかった部分を見ていた。
コトハは、読めた部分を見ていた。
二人が知りたがっているものは、同じではないように見えた。
08 / 8 消された人
机には、五冊の本が並んでいる。
四冊は、ソウマの名で作った現在の試し刷り。
一冊は十四年前。
古い方には、最初の一文を書いた人を示す頁だけがない。
ソウマ
「これを置いた人は、何を見せたかったんでしょう」
ミラ
「本が昔からあったこと」
アキト
「一文に先があること」
コトハは何も言わない。
ソウマが、薄く残った文字へ指を置く。
原文 雨期B―17
名前ではない。
でも、誰かがいた痕跡だった。
ソウマ
「この本から消されたのは、話の続きじゃないんですね」
誰も否定しなかった。
消されたのは、最初の一文を書いた人だった。
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