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物語を誰かへ渡せば、その意味を作者だけでは決められなくなる。
四人はそれを怖がったまま、第一号を外へ出した。
01 / 8 誰の理想でもない版
最終稿は、四人の誰にとっても完全ではなかった。
コトハは、十四年前に書いた好きな場面をそのまま戻さなかった。
ミラは、説明を整えた案を一つ捨てた。
アキトは、理由が弱いと感じた一文を残した。
ソウマは、恥ずかしくて隠していた最後の段落を開いた。
郵便屋は、自分宛ての手紙を鞄へ戻した。
それから、誰かに頼まれた一通を届けに歩き出した。
ソウマ
「自分の手紙は、まだ届けないんですね」
コトハ
「それでも、前には進んでいます」
アキト
「結末としては甘い」
ソウマが見る。
アキト
「ただ、切らない」
正しいと思う案より、作者が選んだ終わりを残した。
02 / 8 残す履歴
ミラは、同じ原稿を三つに分けた。
- ソウマの原文
- 四人の修正版
- 変更した理由
加工前の画像も、赤字も、切られた制作記録も、別々に残す。
何かを読みやすくしても、元を上書きしない。
ミラ
「削除ではなく、版を増やします」
ソウマ
「前よりデータが増えてません?」
ミラ
「増えます。でも、消して分かりやすくするより安全です」
共有履歴には、深夜の七分も戻した。
備考欄へ、自分で書く。
原資料の薄い情報を消した。発見後に報告しなかった。
ミラは保存ボタンを押し、今度は履歴を消さなかった。
03 / 8 コトハの一文
現在の冊子には、コトハが新しく書いた一文が加わった。
郵便屋は、濡れた封筒を火へ近づけず、両手のあいだでゆっくり温めた。
古い版にも、ソウマのノートにもなかった文章。
ミラ
「名前を入れますか?」
コトハは迷った。
十四年前は、借りた一行の名を切った。
今度は、自分の一文を自分の名で渡す。
コトハ
「入れます」
奥付の協力欄へ、青葉コトハと記す。
アキトは「火へ近づけない理由が弱い」と書いたメモを見た。
それを丸める前に、コトハへ聞く。
アキト
「このまま残したい?」
コトハ
「はい」
アキトはメモだけを捨てた。
04 / 8 二十冊

印刷機が、一定の音を立てる。
紙を受けるのはコトハ。
折るのはソウマ。
版と頁順を確認するのはミラ。
糸を切り、綴じを揃えるのはアキト。
二冊目から、役割を入れ替えた。
アキトの折り目は正確だが遅い。
ソウマの検品は声に出すのでうるさい。
コトハの糸は少し緩い。
ミラの紙受けは速すぎて、一枚だけ飛んだ。
ソウマ
「四人とも、担当以外だと普通ですね」
ミラ
「ソウマさんは担当でも斜めです」
笑いながら、二十冊ができる。
奥付には、隠さず、暴きすぎない範囲の来歴を書いた。
十四年前に匿名で残された一行を、現在の作者が書き直した作品です。
原文・執筆・編集に関わった全員の確認を得て掲載しています。
個人的な手紙の相手は、誰にも渡さない。
05 / 8 棚へ置く
商店街の小さな催しに、木の一棚が用意された。
大きな看板はない。
二十冊の第一号が、表紙をそろえて並ぶ。
ソウマ
「誰も取らなかったら?」
コトハ
「持って帰ります」
ソウマ
「全部?」
コトハ
「紙は残りますから」
第1話と同じ言葉だった。
ミラはWeb告知の公開ボタンへ指を置き、ソウマを見る。
ミラ
「紙が先でいいですか?」
ソウマ
「はい。今日は」
ミラは待った。
最初の一冊を手に取ったのは、買い物袋を下げた女性だった。
表紙を開き、その場で一頁だけ読む。
四人は、見ないふりをした。
06 / 8 返事を待つ
一時間で三冊。
昼までに七冊。
夕方には十七冊が棚からなくなった。
ソウマは数えないふりをしながら、十分おきに見ていた。
ミラ
「物流の仕事が生きてますね」
ソウマ
「在庫数を数えるために就職したわけじゃないです」
催しが終わり、残ったのは三冊。
ソウマ
「感想、来ますかね」
アキト
「来ない可能性の方が高い」
ソウマ
「今それ言います?」
コトハ
「返事がなくても、読まれなかったとは限りません」
ソウマは、昔の手紙を思い出す。
ソウマ
「前なら、それで安心したと思います」
コトハ
「今は?」
ソウマ
「返事は怖いです。でも、少し待ちたい」
今回は、返事の可能性ごと渡した。
07 / 8 ここが好き
三日後。
催しで最初の一冊を手に取った女性が、アトリエを訪れた。
冊子を返しに来たのではない。
小さな感想カードを一枚、持っていた。
読者
「書き込んでいいか分からなかったので、別の紙にしました」
カードには、冊子の一文が写されている。
郵便屋は、濡れた封筒を火へ近づけず、両手のあいだでゆっくり温めた。
その下。
私は、ここが好きでした。
ソウマが最初に笑った。
ソウマ
「そこなんだ」
読者
「そこでした」
コトハは、自分の名で加えた一文を、知らない人が受け取ったことを知る。
作者が中心だと思った場所ではない。
けれど、届かなかったわけでもない。
コトハ
「ありがとうございます」
今度は、すぐに言えた。
08 / 8 最初の棚
未配架棚の中は、整理し直された。
古い試し刷り。
赤字。
切り取られた制作記録。
原文のレシート。
加工前と加工後の画像。
それぞれに、誰が何をしたかを記した紙を添える。
隠さない。
ただし、ソウマの手紙の内容だけは、菓子缶へ戻した。
ソウマは新しい紙片を一枚加える。
書けなかったのではない。
送らないことを選んだ。
今は、そのことを知っている。
手紙を今から送る必要はない。
過去を正直な名前で残すことが、今回の彼の選択だった。
アトリエの入口には、小さな木箱が置かれた。
昔の一行箱を、そのまま戻したものではない。
新しい案内には、こう書かれている。
名前を書かなくてもかまいません。
ただし、あなたの言葉を、あなたに聞かず誰かのものにはしません。
コトハが箱を置き、ソウマが位置を直し、ミラが保存方法を記し、アキトが何も書き足さずに読む。
外では、雨が上がっていた。
第一号は、四人の手を離れた。
それでも、四人の誰かから奪われたわけではなかった。
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