第12話

読まれたあと

四人は、誰の理想でもない第一号を完成させる。物語を外へ渡したあと、思いがけない返事が届く。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
9〜12分
読み始める
商店街の小さな棚に並ぶ冊子、手渡される一冊、柔らかな雨上がり

物語を誰かへ渡せば、その意味を作者だけでは決められなくなる。

四人はそれを怖がったまま、第一号を外へ出した。


01 / 8 誰の理想でもない版

最終稿は、四人の誰にとっても完全ではなかった。

コトハは、十四年前に書いた好きな場面をそのまま戻さなかった。

ミラは、説明を整えた案を一つ捨てた。

アキトは、理由が弱いと感じた一文を残した。

ソウマは、恥ずかしくて隠していた最後の段落を開いた。

郵便屋は、自分宛ての手紙を鞄へ戻した。

それから、誰かに頼まれた一通を届けに歩き出した。

ソウマ

「自分の手紙は、まだ届けないんですね」

コトハ

「それでも、前には進んでいます」

アキト

「結末としては甘い」

ソウマが見る。

アキト

「ただ、切らない」

正しいと思う案より、作者が選んだ終わりを残した。


02 / 8 残す履歴

ミラは、同じ原稿を三つに分けた。

  • ソウマの原文
  • 四人の修正版
  • 変更した理由

加工前の画像も、赤字も、切られた制作記録も、別々に残す。

何かを読みやすくしても、元を上書きしない。

ミラ

「削除ではなく、版を増やします」

ソウマ

「前よりデータが増えてません?」

ミラ

「増えます。でも、消して分かりやすくするより安全です」

共有履歴には、深夜の七分も戻した。

備考欄へ、自分で書く。

原資料の薄い情報を消した。発見後に報告しなかった。

ミラは保存ボタンを押し、今度は履歴を消さなかった。


03 / 8 コトハの一文

現在の冊子には、コトハが新しく書いた一文が加わった。

郵便屋は、濡れた封筒を火へ近づけず、両手のあいだでゆっくり温めた。

古い版にも、ソウマのノートにもなかった文章。

ミラ

「名前を入れますか?」

コトハは迷った。

十四年前は、借りた一行の名を切った。

今度は、自分の一文を自分の名で渡す。

コトハ

「入れます」

奥付の協力欄へ、青葉コトハと記す。

アキトは「火へ近づけない理由が弱い」と書いたメモを見た。

それを丸める前に、コトハへ聞く。

アキト

「このまま残したい?」

コトハ

「はい」

アキトはメモだけを捨てた。


04 / 8 二十冊

四人が印刷、紙受け、検品、綴じの役割を交換しながら、机いっぱいに第一号を作る。

印刷機が、一定の音を立てる。

紙を受けるのはコトハ。

折るのはソウマ。

版と頁順を確認するのはミラ。

糸を切り、綴じを揃えるのはアキト。

二冊目から、役割を入れ替えた。

アキトの折り目は正確だが遅い。

ソウマの検品は声に出すのでうるさい。

コトハの糸は少し緩い。

ミラの紙受けは速すぎて、一枚だけ飛んだ。

ソウマ

「四人とも、担当以外だと普通ですね」

ミラ

「ソウマさんは担当でも斜めです」

笑いながら、二十冊ができる。

奥付には、隠さず、暴きすぎない範囲の来歴を書いた。

十四年前に匿名で残された一行を、現在の作者が書き直した作品です。

原文・執筆・編集に関わった全員の確認を得て掲載しています。

個人的な手紙の相手は、誰にも渡さない。


05 / 8 棚へ置く

商店街の小さな催しに、木の一棚が用意された。

大きな看板はない。

二十冊の第一号が、表紙をそろえて並ぶ。

ソウマ

「誰も取らなかったら?」

コトハ

「持って帰ります」

ソウマ

「全部?」

コトハ

「紙は残りますから」

第1話と同じ言葉だった。

ミラはWeb告知の公開ボタンへ指を置き、ソウマを見る。

ミラ

「紙が先でいいですか?」

ソウマ

「はい。今日は」

ミラは待った。

最初の一冊を手に取ったのは、買い物袋を下げた女性だった。

表紙を開き、その場で一頁だけ読む。

四人は、見ないふりをした。


06 / 8 返事を待つ

一時間で三冊。

昼までに七冊。

夕方には十七冊が棚からなくなった。

ソウマは数えないふりをしながら、十分おきに見ていた。

ミラ

「物流の仕事が生きてますね」

ソウマ

「在庫数を数えるために就職したわけじゃないです」

催しが終わり、残ったのは三冊。

ソウマ

「感想、来ますかね」

アキト

「来ない可能性の方が高い」

ソウマ

「今それ言います?」

コトハ

「返事がなくても、読まれなかったとは限りません」

ソウマは、昔の手紙を思い出す。

ソウマ

「前なら、それで安心したと思います」

コトハ

「今は?」

ソウマ

「返事は怖いです。でも、少し待ちたい」

今回は、返事の可能性ごと渡した。


07 / 8 ここが好き

三日後。

催しで最初の一冊を手に取った女性が、アトリエを訪れた。

冊子を返しに来たのではない。

小さな感想カードを一枚、持っていた。

読者

「書き込んでいいか分からなかったので、別の紙にしました」

カードには、冊子の一文が写されている。

郵便屋は、濡れた封筒を火へ近づけず、両手のあいだでゆっくり温めた。

その下。

私は、ここが好きでした。

ソウマが最初に笑った。

ソウマ

「そこなんだ」

読者

「そこでした」

コトハは、自分の名で加えた一文を、知らない人が受け取ったことを知る。

作者が中心だと思った場所ではない。

けれど、届かなかったわけでもない。

コトハ

「ありがとうございます」

今度は、すぐに言えた。


08 / 8 最初の棚

未配架棚の中は、整理し直された。

古い試し刷り。

赤字。

切り取られた制作記録。

原文のレシート。

加工前と加工後の画像。

それぞれに、誰が何をしたかを記した紙を添える。

隠さない。

ただし、ソウマの手紙の内容だけは、菓子缶へ戻した。

ソウマは新しい紙片を一枚加える。

書けなかったのではない。

送らないことを選んだ。

今は、そのことを知っている。

手紙を今から送る必要はない。

過去を正直な名前で残すことが、今回の彼の選択だった。

アトリエの入口には、小さな木箱が置かれた。

昔の一行箱を、そのまま戻したものではない。

新しい案内には、こう書かれている。

名前を書かなくてもかまいません。

ただし、あなたの言葉を、あなたに聞かず誰かのものにはしません。

コトハが箱を置き、ソウマが位置を直し、ミラが保存方法を記し、アキトが何も書き足さずに読む。

外では、雨が上がっていた。

第一号は、四人の手を離れた。

それでも、四人の誰かから奪われたわけではなかった。

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