第4話

赤鉛筆

五冊目の赤字、鍵、消えた履歴。四人の小さな隠し事が、それぞれ別の疑いを生む。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
7〜10分
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古い冊子と赤鉛筆、机上の比較表、交差する四人の視線

五冊目を置いた人。

十四年前に赤字を書いた人。

二人が同じだと決める理由は、まだなかった。

けれどアキトだけは、最初から二人を分けて考えていた。


01 / 8 事実と仮説

ミラは黒板を二つに分けた。

左に事実。右に仮説。

事実には、六つだけ書く。

  • 昨日作った本は四冊
  • 五冊目は十四年前の紙
  • 冒頭は「届けない」
  • 赤鉛筆の書き込みがある
  • 制作記録の頁が抜かれている
  • 原文の管理番号は「雨期B―17」

仮説は、まだ空欄にした。

ソウマ

「“四人の誰かが怪しい”は?」

ミラ

「それは事実ではありません」

ソウマ

「今の空気としては、かなり事実ですけど」

笑う人はいなかった。

ミラは赤字の拡大写真を机へ置く。

ミラ

「最初に、いつ書かれたものかを確認します」

アキトは写真ではなく、実物を見ていた。

まるで、答えを知っている人のように。


02 / 8 同じ記号

赤い線の終わりに、小さな三角があった。

アキトが文章の出典や根拠を確かめるとき、今も使う記号だった。

ミラが前日の校正紙を横へ置く。

青鉛筆の線にも、同じ三角がある。

ソウマ

「アキトさんの記号ですよね」

アキト

「似ている」

ソウマ

「本人が一番慎重になるやつだ」

アキトは引き出しから赤鉛筆を一本出した。

古い赤字と、よく似た暗い赤。

コトハの手が、膝の上で固くなる。

ミラ

「昨日、これを使いましたか?」

アキト

「使っていない」

ソウマ

「昔は?」

アキトは赤鉛筆を机へ置いた。

アキト

「質問を分けろ」

答えにはなっていなかった。


03 / 8 古い赤

赤鉛筆の粉は、紙の繊維へ沈んでいた。

新しく書けば表面に残るはずの粒が、ほとんど浮いていない。

アキト

「昨夜の字ではない」

ミラ

「十四年前?」

アキト

「そこまでは断定できない。ただ、古い」

ミラが黒板へ二行加える。

  • 五冊目を昨夜置いた人
  • 赤字を昔書いた人

ソウマ

「容疑者が増えたという理解でいいですか」

コトハ

「犯人とは限りません」

ソウマ

「善意で黙って置く人も、だいぶ怖いですけど」

コトハは視線を落とした。

アキトだけが、その反応を見逃さなかった。


04 / 8 鍵を持つ人

店の鍵は二本。

一本はコトハ。

もう一本は作業用で、昨日の閉店前にアキトが返している。

ミラ

「最後に残ったのはコトハさんです」

コトハ

「はい」

ソウマ

「五冊目は、どこにあったんですか」

コトハ

「十四年前の試し刷りなら、未整理の保管物にある可能性はあります」

ソウマ

「可能性じゃなくて。見たことは?」

間が空く。

コトハ

「似たものを、昔見たことがあります」

ミラ

「昨夜、奥の戸棚を開けましたか?」

コトハの左手が、ポケットの上へ触れた。

コトハ

「……開けました」

その場の全員が、次の言葉を待った。

しかしコトハは、それ以上を続けなかった。


05 / 8 消えた七分

今度はミラの端末に、視線が集まった。

昨夜の共有ログには、深夜一時十七分から一時二十四分まで空白がある。

ソウマ

「店には来てないんですよね」

ミラ

「来ていません」

アキト

「何を消した」

ミラ

「別の履歴です」

アキト

「それを決めるのは、見たあとだ」

普段ならミラが言いそうな言葉だった。

ミラは端末の縁を強く押さえた。

ミラ

「今は見せられません」

ソウマ

「五冊目と関係ないって言えます?」

ミラ

「紙の本を置いたのは私ではありません。それだけは言えます」

端末を伏せる。

隠し事があることだけは、もう隠せなかった。


06 / 8 戸棚の埃

四人は、奥の戸棚の前へ移った。

鍵穴の周りに、古い紙埃が薄く残っている。

扉の下には、昨夜落ちたらしい細い繊維。

五冊目の表紙と同じ、黄ばんだ生成り色だった。

ソウマ

「ここから出した本ですよね」

コトハは否定しない。

コトハ

「そうだと思います」

ソウマ

「“思います”?」

コトハ

「戸棚の中身を、全部把握しているわけではありません」

正しい説明だった。

だが、昨夜ここを開けたことへの答えにはなっていない。

アキトが扉を見たまま言う。

アキト

「聞く順番が違う」

ソウマ

「何から聞けばいいんです?」

アキト

「五冊目を知っていたか、ではない」

一拍置く。

アキト

「なぜ、見せる必要があったかだ」

コトハの顔が強張った。


07 / 8 今回の原稿

ソウマは、赤い書き込みへ戻った。

ソウマ

「アキトさん。これ、本当に書いてないんですよね」

アキト

「今回の原稿には書いていない」

ミラが顔を上げる。

ミラ

「“今回の”?」

ソウマ

「前の原稿には?」

アキトはすぐには答えなかった。

ソウマ

「知らないなら、知らないって言えますよね」

アキト

「言えない」

ソウマ

「それ、ほとんど答えでは?」

アキト

「まだ話せないことと、昨夜置いたことは別だ」

また、二つへ分けた。

五冊目を置いた人。

赤字を書いた人。

アキトは、どうしてそこまで確信しているのか。


08 / 8 二人いる

古い冊子を囲む四人の前で、アキトが握った赤鉛筆の芯を折る。

ミラが赤字の画像をさらに拡大した。

文字の下に、細い押し跡がある。

赤字を書く前から、紙に残っていた折り目。

五冊目を戸棚から出した昨夜についたものではない。

赤字は、冊子がまだ新しかったころに書かれている。

ミラ

「赤字を書いた人は、十四年前の冊子に触れていた」

アキトが小さくうなずく。

ソウマ

「やっぱり知ってるんですね」

アキトは古い一文を見る。

この一文を、私は知っています。

そして、ようやく言った。

アキト

「昨夜これを置いた人と、この字を書いた人は別だ」

ミラ

「なぜ断定できるんですか?」

アキトは赤鉛筆を握った。

答えないまま、芯の先を折った。

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