第8話

紙を買いに

古い資料を守る紙を買うため、二組に分かれた四人。雨上がりの町で、ソウマの記憶が景色を取り戻す。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
7〜10分
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紙屋の棚、灰色の猫、雨上がりの商店街と赤い傘立て

調査を進めるには、少し離れる時間が必要だった。

古い紙を守るための紙を買いに行く。

それだけの外出で、ソウマは十四年前の自分へ戻る道を見つけた。


01 / 8 保存するための紙

古い資料を包む中性紙が足りなかった。

コトハとソウマが紙屋へ行き、ミラとアキトが店番をする。

ソウマ

「制作、止まってるのに紙は買うんですね」

コトハ

「止めることと、捨てることは違います」

その言葉に、ソウマは少しだけうなずく。

外は久しぶりに晴れていた。

雨のあとだけ光る石畳を、二人で歩く。

店を離れると、五冊目のことを話さなくてもいい時間が生まれた。

けれど、ソウマの最初の質問は結局そこへ戻った。

ソウマ

「コトハさんは、十五歳であの続きを書いたんですよね」

コトハの歩幅が、わずかに遅くなった。


02 / 8 紙屋の猫

紙屋には、棚の間を歩く灰色の猫がいた。

猫はコトハを無視し、ソウマの紙袋だけを追う。

ソウマ

「今日はプリン入ってませんよ」

猫は信じず、前足をかけた。

ソウマが慌てて袋を持ち上げ、コトハが声を立てて笑う。

五冊目が現れてから、コトハがこんなふうに笑うのを初めて見た。

ソウマ

「笑えるんですね」

コトハ

「失礼です」

猫が中性紙の見本へ座り、店員に退かされる。

二人はしばらく、厚さと手触りだけを比べた。

静かな作業が、話すための間をつくった。


03 / 8 借りた一行

ソウマ

「最初の一行が誰かのものでも、続きを書いたら自分の話になりますか?」

コトハは紙を一枚、光へ透かす。

コトハ

「なることもあると思います」

ソウマ

「何が違うんでしょう」

コトハ

「借りたことを隠さないこと。元の人が嫌だと言ったら、止まれること」

答えが、よく整いすぎている。

何度も自分へ言い聞かせた言葉に聞こえた。

ソウマ

「コトハさんは、止まれました?」

コトハは紙を戻す。

コトハ

「止まったのではなく、止められました」

誰に、とは言わない。

アキトの赤鉛筆が、二人の間に見えた気がした。


04 / 8 残った二人

アトリエでは、ミラとアキトが第1号計画ファイルを見ていた。

ミラ

「私は、消したことを“整えた”って呼んでました」

アキト

「俺は、傷つけたことを“正した”と呼んだ」

どちらも、言葉を変えて自分の行為を軽くしている。

ミラが端末を伏せる。

ミラ

「赤字、あなたですよね」

アキトは否定しない。

アキト

「今はまだ、俺から先に言うべきことがある」

ミラ

「順番を決めている間に、相手の時間を使います」

アキトはファイルから手を離す。

アキト

「分かっている」

ミラ

「分かってる人の顔は、便利ですね」

初めて、アキトが少しだけ苦い顔をした。


05 / 8 同じ生成り

紙屋の奥から、古い見本帳が出てきた。

十四年前に青葉印刷文具店へ卸していた紙の記録が残っている。

五冊目と同じ、少し黄みの強い生成り。

現在の冊子にソウマが選んだ紙も、その後継品だった。

店員

「昔の青葉さんも、この系統が好きでした」

ソウマ

「俺も、迷わず選びました」

コトハがソウマを見る。

紙の好みまで記憶だとは言えない。

それでも偶然が、少しずつ一方向へ重なっている。

見本帳の端には、旧店の小さな印。

ソウマは指でなぞり、また懐かしさを覚えた。


06 / 8 赤い傘立て

雨上がりの商店街でソウマが赤い傘立ての前に止まり、紙を抱えたコトハが一歩後ろから見守る。

帰り道。

商店街の角で、ソウマが立ち止まる。

空き店舗の前に、赤い塗装の剥げた金属枠が残っていた。

ソウマ

「ここです」

コトハ

「何が?」

ソウマ

「傘立て。梅雨だけ、店の外に並んでた」

その横に、子ども用の低い机。

紙袋。

小さな木箱。

今度は映像が消えない。

ソウマ

「俺、ここに来てます」

コトハは否定しなかった。

ソウマ

「十五歳のコトハさんも、いました?」

コトハが息を止める。


07 / 8 窓辺の少女

雨の日の店内。

低い机の向こう。

窓辺で、年上の少女が原稿を書いていた。

顔は曖昧なのに、紙を押さえる左手だけは覚えている。

現在のコトハも、考えるとき左手で紙の端を押さえる。

ソウマ

「いた」

コトハ

「私が?」

ソウマ

「たぶん。ずっと書いてた」

コトハは何も言えない。

ソウマの記憶の中で、自分が匿名の一行を受け取る直前の姿が戻っている。

ソウマ

「俺、店で手紙を書いて」

赤い傘立て。

便箋。

出せなかった封筒。

そして、レシート。

ソウマ

「裏に、何か書いた」


08 / 8 届けない

アトリエへ戻ると、ソウマは一行箱の前へ座った。

誰も急かさない。

ソウマは目を閉じる。

手紙を封筒へ入れた。

切手を貼ろうとして、剥がした。

帰る前、買い物のレシートを裏返した。

黒いペンで書いた。

雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。

折って、木箱へ入れた。

記憶がそこでつながった。

ソウマは目を開ける。

ソウマ

「たぶん、俺です」

ミラ

「最初の一行を?」

ソウマ

「“届けない”って書いたの、俺かもしれない」

証拠はまだない。

けれどコトハの表情は、答えを知っていた人のものだった。

ソウマはその顔を見た。

ソウマ

「コトハさん」

一拍。

ソウマ

「五冊目、あなたが置いたんですか?」

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