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調査を進めるには、少し離れる時間が必要だった。
古い紙を守るための紙を買いに行く。
それだけの外出で、ソウマは十四年前の自分へ戻る道を見つけた。
01 / 8 保存するための紙
古い資料を包む中性紙が足りなかった。
コトハとソウマが紙屋へ行き、ミラとアキトが店番をする。
ソウマ
「制作、止まってるのに紙は買うんですね」
コトハ
「止めることと、捨てることは違います」
その言葉に、ソウマは少しだけうなずく。
外は久しぶりに晴れていた。
雨のあとだけ光る石畳を、二人で歩く。
店を離れると、五冊目のことを話さなくてもいい時間が生まれた。
けれど、ソウマの最初の質問は結局そこへ戻った。
ソウマ
「コトハさんは、十五歳であの続きを書いたんですよね」
コトハの歩幅が、わずかに遅くなった。
02 / 8 紙屋の猫
紙屋には、棚の間を歩く灰色の猫がいた。
猫はコトハを無視し、ソウマの紙袋だけを追う。
ソウマ
「今日はプリン入ってませんよ」
猫は信じず、前足をかけた。
ソウマが慌てて袋を持ち上げ、コトハが声を立てて笑う。
五冊目が現れてから、コトハがこんなふうに笑うのを初めて見た。
ソウマ
「笑えるんですね」
コトハ
「失礼です」
猫が中性紙の見本へ座り、店員に退かされる。
二人はしばらく、厚さと手触りだけを比べた。
静かな作業が、話すための間をつくった。
03 / 8 借りた一行
ソウマ
「最初の一行が誰かのものでも、続きを書いたら自分の話になりますか?」
コトハは紙を一枚、光へ透かす。
コトハ
「なることもあると思います」
ソウマ
「何が違うんでしょう」
コトハ
「借りたことを隠さないこと。元の人が嫌だと言ったら、止まれること」
答えが、よく整いすぎている。
何度も自分へ言い聞かせた言葉に聞こえた。
ソウマ
「コトハさんは、止まれました?」
コトハは紙を戻す。
コトハ
「止まったのではなく、止められました」
誰に、とは言わない。
アキトの赤鉛筆が、二人の間に見えた気がした。
04 / 8 残った二人
アトリエでは、ミラとアキトが第1号計画ファイルを見ていた。
ミラ
「私は、消したことを“整えた”って呼んでました」
アキト
「俺は、傷つけたことを“正した”と呼んだ」
どちらも、言葉を変えて自分の行為を軽くしている。
ミラが端末を伏せる。
ミラ
「赤字、あなたですよね」
アキトは否定しない。
アキト
「今はまだ、俺から先に言うべきことがある」
ミラ
「順番を決めている間に、相手の時間を使います」
アキトはファイルから手を離す。
アキト
「分かっている」
ミラ
「分かってる人の顔は、便利ですね」
初めて、アキトが少しだけ苦い顔をした。
05 / 8 同じ生成り
紙屋の奥から、古い見本帳が出てきた。
十四年前に青葉印刷文具店へ卸していた紙の記録が残っている。
五冊目と同じ、少し黄みの強い生成り。
現在の冊子にソウマが選んだ紙も、その後継品だった。
店員
「昔の青葉さんも、この系統が好きでした」
ソウマ
「俺も、迷わず選びました」
コトハがソウマを見る。
紙の好みまで記憶だとは言えない。
それでも偶然が、少しずつ一方向へ重なっている。
見本帳の端には、旧店の小さな印。
ソウマは指でなぞり、また懐かしさを覚えた。
06 / 8 赤い傘立て

帰り道。
商店街の角で、ソウマが立ち止まる。
空き店舗の前に、赤い塗装の剥げた金属枠が残っていた。
ソウマ
「ここです」
コトハ
「何が?」
ソウマ
「傘立て。梅雨だけ、店の外に並んでた」
その横に、子ども用の低い机。
紙袋。
小さな木箱。
今度は映像が消えない。
ソウマ
「俺、ここに来てます」
コトハは否定しなかった。
ソウマ
「十五歳のコトハさんも、いました?」
コトハが息を止める。
07 / 8 窓辺の少女
雨の日の店内。
低い机の向こう。
窓辺で、年上の少女が原稿を書いていた。
顔は曖昧なのに、紙を押さえる左手だけは覚えている。
現在のコトハも、考えるとき左手で紙の端を押さえる。
ソウマ
「いた」
コトハ
「私が?」
ソウマ
「たぶん。ずっと書いてた」
コトハは何も言えない。
ソウマの記憶の中で、自分が匿名の一行を受け取る直前の姿が戻っている。
ソウマ
「俺、店で手紙を書いて」
赤い傘立て。
便箋。
出せなかった封筒。
そして、レシート。
ソウマ
「裏に、何か書いた」
08 / 8 届けない
アトリエへ戻ると、ソウマは一行箱の前へ座った。
誰も急かさない。
ソウマは目を閉じる。
手紙を封筒へ入れた。
切手を貼ろうとして、剥がした。
帰る前、買い物のレシートを裏返した。
黒いペンで書いた。
雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。
折って、木箱へ入れた。
記憶がそこでつながった。
ソウマは目を開ける。
ソウマ
「たぶん、俺です」
ミラ
「最初の一行を?」
ソウマ
「“届けない”って書いたの、俺かもしれない」
証拠はまだない。
けれどコトハの表情は、答えを知っていた人のものだった。
ソウマはその顔を見た。
ソウマ
「コトハさん」
一拍。
ソウマ
「五冊目、あなたが置いたんですか?」
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