ホーム › Story Atelier / Episode 01
レシート裏の郵便屋
雨の商店街。牛乳だけ買うつもりだったソウマは、レシートの裏に一文を書いてしまう。風に飛ばされたその紙が、古いアトリエの扉の下へ滑り込んだ。
夜の青葉商店街。雨。シャッターの閉まった店。濡れた歩道にコンビニの光が伸びている。 画面下に小さく、ビニール傘を持たない人影が見える。
ザー……
コンビニの自動ドアが開く。ソウマが出てくる。片手にビニール袋、もう片手に長いレシート。 袋の中には、牛乳、プリン、カップ麺、ボールペン、小さいメモ帳、電池。
……牛乳だけ買うつもりだったんだけどな
ソウマがコンビニ軒下で雨を見上げる。スマホ画面には「あと8分で小雨」。
この“あと8分”、もう三回見てる
天気アプリって、たまに励ましだけ言うよな
ソウマが買ったばかりのボールペンを開け、レシートの裏に何かを書く。手元アップ。
……
ソウマがレシートを見て固まる。少し顔が赤い。周囲の通行人はいない。
……いや
何やってんだ、コンビニ前で
強い風。レシートがソウマの手から抜けて、雨の歩道を滑る。
ヒュッ
あっ
待て待て待て、恥ずかしいやつ!
レシートが雨水の細い流れに乗って、商店街の奥へ滑っていく。ソウマが追いかける。
紙のくせに、逃げ足はやっ
古い建物の扉。看板が出ている。 レシートが扉の下の隙間に滑り込む。
……ストーリー、アトリエ?
アトリエ内部。床に滑り込んだレシート。紙束、古い棚、インク瓶、奥の印刷機が見える。 コトハの手がレシートを拾う。
……あ
コトハの横顔。レシートの裏を見る。表情がほんの少し変わる。
……
雨の日だけ
扉が少しだけ開く。外からソウマが覗く。雨に濡れている。
あの、すみません
今、すごく個人的に恥ずかしい紙が、そちらに入っていったと思うんですけど
個人的に恥ずかしい紙
コトハが申し訳なさそうにレシートを持つ。ソウマは察する。
……すみません。一文だけ
読んだんですね
一文だけ
一番だめなやつ
コトハが扉を開ける。内側のアトリエの光。外の雨との対比。
濡れていますし、中へどうぞ
いや、紙だけ返してもらえれば
紙も濡れています
俺より優先順位高いですね
紙は、乾かせば残りますから
ソウマがタオルを肩にかけて、作業机に座っている。机の上ではレシートがクリップで留められ、ライトの下で乾かされている。
本当に、紙だけでよかったんです
はい。だから紙も乾かしています
展示しないでください
奥の机からミラが顔を出す。ノートPCを持っている。カジュアルに明るい。
コトハさん、プリン買ってきた人ですか?
初対面で購入履歴を読まないでください
レシートなので
レシートですけど
ミラがレシート裏を見る。ソウマが「あ」と手を伸ばすが間に合わない。
へえ
あ、また読まれた
短くて覚えやすいですね
最悪の褒め方
でも、本当にいい一文です
棚の影から声。アキトが紙箱を持って出てくる。姿勢がよく、少し無愛想。
一文は悪くない
誰!?
ただ、まだ物語ではない
初対面の角度が鋭い
アキトさんです。構成を見る人です
構成を見る人が暗い棚から出てくることあります?
紙箱を探していただけだ
4人が作業机を囲む。真ん中にレシート。机のライトが紙を照らしている。
返してください
返します
返したら、捨てるだろう
捨てないです。たぶん
“たぶん”は、ほぼ捨てますね
なんで今日会った人たちにこんなに見抜かれるんですか
コトハがレシートを見ながら、やさしく聞く。ソウマは少し目をそらす。
この一文、前から考えていたんですか?
……まあ
子どものころから、なんとなく
ソウマが笑って逃げる。手元では、タオルの端をいじっている。
でも、そこだけです
続きはないです
続きがないんじゃない
え
まだ決めていないだけだ
言い方
ミラがノートPCを開く。画面の光が顔に当たる。
試しにAIに投げます?
あ、そういう感じなんですか
今のは半分冗談です
半分
ミラがレシートを見て、少し真面目な顔になる。
でも、この一文は、すぐ整えない方がいい気がします
どうして?
きれいにすると、薄くなりそう
アキトがレシートの横にメモ紙を置く。短く書く。
必要なのは、まず郵便屋の目的だ
目的
誰に、何を届けたいのか。なぜ雨の日だけなのか。届けたら何が変わるのか
急に宿題が三つ
お得ですね
お得ではないです
コトハがレシートをそっと指で押さえる。ソウマを急かさない。
でも、今日はそこまで決めなくてもいいと思います
甘い
雨の日に拾った一文ですから
今日は、濡れない場所に置くだけでも
濡れない場所
はい。捨てない場所です
天井から水滴。机の近くに落ちる。
ぽた
濡れない場所、なくなりましたね
言った瞬間に
あっ、紙箱!
全員が急に動く。コトハが紙箱を抱え、ミラがPCを閉じ、アキトがバケツを置く。ソウマは牛乳を持ったまま固まる。
手が空いているなら、その箱を
あ、はい!
物語って重いんですね!
紙が重いんだ
紙箱から古いチラシが落ちる。ソウマが拾う。 チラシには、かすれた文字。
小さな本?
……昔の、企画です
ミラがチラシを覗き込み、さらっと言う。コトハは驚く。
やればいいじゃないですか
え?
アトリエ小冊子。今ならサイトもありますし、PDFにもできますし、紙でも少部数なら
簡単に言うな
簡単ではないです。でも、無理でもないです
ミラがレシートを見る。ソウマの顔が引きつる。
第1号
待ってください
レシートですよ?
初稿としては軽くていいです
軽すぎる
一文しかないものを載せる小冊子はない
そうですよね!
だから、増やす
味方じゃなかった
雨音が強くなる。机の上の小さなライト。レシートが乾きかけている。
ソウマさん
はい
この一文、ここに置いていきませんか
置いていく
捨てない場所として
ソウマがレシートを見る。顔は笑おうとしているが、目は少し不安。
でも、俺、書けるか分からないです
分からないなら、分かるところまでやればいい
その言い方、怖いんですよ
じゃあ、優しい言い方に変換します
まず千字でいいです
変換しても怖い
一文の次に、もう一文だけでも
コトハが古いカードを出し、レシートをクリップで留める。カードに手書きする。
仮って書かれると、急に企画っぽい
企画です
俺の同意
今、しただろう
してないです
していないなら、今からでも持って帰れます
ソウマがレシートを持って帰ろうと手を伸ばす。指先が紙に触れる。でも止まる。 背景は静か。雨音だけ。
……ここに置いていったら
はい
続き、考えないとだめですか
考えたくなったときに、来ればいいです
ソウマがレシートから手を離す。コトハがカードを受け取る。ミラとアキトは少しだけ見ている。
じゃあ、置いていきます
はい。預かります
次に来るなら、郵便屋が何を届けるのか考えておけ
次に来る前提
予定表、共有します?
怖い
ソウマがアトリエを出る。雨は少し弱い。商店街の光が濡れた道に伸びている。 ソウマが立ち止まり、買ったばかりの小さいメモ帳を開く。1ページ目は真っ白。
……雨の日だけ
手紙を届ける郵便屋がいた
アトリエ内部。コトハがカードをコルクボードに貼る。ボードにはまだ他のカードがほとんどない。 カードには、レシートと文字。 窓の外には雨。奥でミラがPCを閉じ、アキトがバケツの位置を直している。
第1号、始まりましたね
始まっただけだ
それで十分です
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