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最初の一行を書いたのは、十二歳のソウマだった。
けれど、それで物語が彼一人のものへ戻るわけではなかった。
十四年間に、四人全員の選択が重なっていた。
01 / 8 封筒B
封筒の中身を、ミラが順番どおり机へ並べた。
一枚目。
冊子から切り取られた制作記録。
二枚目。
旧・青葉印刷文具店の細長いレシート。
三枚目。
アキトが十四年前に書いた短いメモ。
元資料と試し刷りを確認。明日、店主へ返す。
明日は来なかった。
試し刷りは止まり、コトハとアキトは離れ、資料はファイルの背へ残った。
アキト
「返すと書いたことは、返したことにはならない」
誰も慰めなかった。
今は、事実を軽くしない方がよかった。
02 / 8 切り取った名前
制作記録には、加工前の画像で見た文字が残っている。
原文 雨期B―17
続き 青葉コトハ
原作者確認前・外部配布不可
右端には、鋏を入れた跡。
コトハが、自分の指でその切り口をなぞる。
コトハ
「私が切りました」
ソウマ
「この頁が残っていれば、最初から借りた一行だと分かった」
コトハ
「はい」
ミラ
「そして私の加工で、残っていた押し跡まで消えた」
アキト
「俺は頁ごと持ち出した」
同じ一枚を、三人が別の理由で見えなくしていた。
制作記録は、修復用の透明紙へ挟まれた。
今度は、切り口も消さずに残す。
03 / 8 買ったもの
レシートの表には、十四年前の買い物が印字されていた。
便箋。
小封筒。
切手。
0.5ミリの黒ペン。
日付は、ソウマが友人への手紙を書いた週。
手紙の菓子缶に残っていた包装カードとも一致する。
レシートを裏返す。
黒い字が一行。
雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。
ソウマは、しばらく息を吐けなかった。
ソウマ
「俺の字です」
ミラ
「分かりますか?」
ソウマ
「“雨”の最初の線。昔、離して書いてた」
菓子缶の手紙と並べる。
郵の右側が小さい。
屋の最後だけ、上へ跳ねる。
筆跡も、買い物も、日付も同じ場所へつながった。
04 / 8 箱へ入れた日
雨の日の店が、今度は途中で消えなかった。
友人が引っ越したあと、ソウマは手紙を書いた。
最後まで。
封筒へ入れ、住所を書き、切手も買った。
それでも投函できなかった。
帰る前、店の低い机でレシートを裏返した。
送れなかった手紙の代わりに、郵便屋の話なら置いていける気がした。
ソウマ
「誰にも分からない形なら、渡せると思った」
一行を書き、木箱へ落とした。
窓辺では、十五歳のコトハが原稿を書いていた。
祖母が箱を開け、コトハがその一行を読んだ。
同じ日の店内にいた二人は、互いの名前を知らなかった。
コトハ
「私は、その一行を受け取りました」
ソウマ
「受け取ったあと、名前を消した」
コトハ
「はい」
過去は戻ったが、きれいにはならなかった。
05 / 8 四人が変えたもの
ミラが黒板へ、文章の移動を書いた。
ソウマ
匿名の一行を箱へ入れた。
コトハ
続きを書き、制作記録を切った。
アキト
元資料を無断で読み、赤字を残し、証拠を持ち出した。
ミラ
資料を読みやすくする過程で薄い痕跡を消し、失敗の履歴を隠した。
現在のコトハ
古い試し刷りを五冊目として置き、知らないふりをした。
一人の犯人がいたわけではない。
一つの文章へ、四人が別々の場所で触れた。
ソウマ
「全員、相手に聞く前に何かしてますね」
誰も否定できない。
それが、この事件の答えだった。
06 / 8 届けない、届ける

机には、二つの一行がある。
十四年前。
雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。
現在。
雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。
ミラ
「元の形へ戻しますか?」
ソウマは、何度も読み比べた。
ソウマ
「昔の俺は、届けなかった」
封筒も。
最初の一行の名前も。
ソウマ
「でも、今の話まで“届けない”へ戻す必要はないと思います」
アキト
「理由は?」
ソウマ
「今度は、届ける話を書きたいから」
過去を訂正するのではない。
過去と違う言葉を、現在の自分が選ぶ。
アキトは赤鉛筆を取らなかった。
アキト
「その一文は残す」
今度は、作者が先に決めた。
07 / 8 誰の物語か
ソウマ
「原文は俺です」
コトハ
「続きの最初の形は、私です」
ミラ
「今の版は、四人で直しています」
アキト
「それでも、最後に決めるのはソウマだ」
以前なら、アキトは構造の弱さから話しただろう。
今は、決める人を先に確認した。
ソウマは少し考える。
ソウマ
「奥付に、全部書きたいです」
個人的な手紙の内容は書かない。
友人の名も出さない。
ただ、十四年前の匿名の一行から始まり、現在の作者が書き直したこと。
コトハが旧版の続きを書いたこと。
ミラとアキトが編集へ関わったこと。
隠していた事実ではなく、渡してよい範囲を四人で決める。
08 / 8 預け直す
ソウマは鞄から、レシートのカードを出した。
コトハへ渡さず、自分でコルクボードへ戻す。
ソウマ
「預け直します」
コトハ
「私がしたことは、なくなりません」
ソウマ
「はい。全部元どおりになったとも思ってません」
一拍置く。
ソウマ
「でも、完成させるかどうかは、それと別に決めたいです」
ミラが新しいファイルを作る。
加工前の原稿、修正版、変更理由を分けて残す。
アキトは青鉛筆を置く前に聞いた。
アキト
「ここから先、読んでいいか」
ソウマがうなずく。
ソウマ
「はい。最後の段落も」
付箋が外される。
十四年前に止まった第一号が、今度は全員の合意で動き始めた。
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