第11話

最初の一行

ファイルの背から出た封筒には、最初の一行の来歴を結び直す三つの紙が入っていた。

登場人物
コトハ・ソウマ・ミラ・アキト
読了時間
9〜12分
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古いレシート、切り取られた制作記録、四人の手が囲む机

最初の一行を書いたのは、十二歳のソウマだった。

けれど、それで物語が彼一人のものへ戻るわけではなかった。

十四年間に、四人全員の選択が重なっていた。


01 / 8 封筒B

封筒の中身を、ミラが順番どおり机へ並べた。

一枚目。

冊子から切り取られた制作記録。

二枚目。

旧・青葉印刷文具店の細長いレシート。

三枚目。

アキトが十四年前に書いた短いメモ。

元資料と試し刷りを確認。明日、店主へ返す。

明日は来なかった。

試し刷りは止まり、コトハとアキトは離れ、資料はファイルの背へ残った。

アキト

「返すと書いたことは、返したことにはならない」

誰も慰めなかった。

今は、事実を軽くしない方がよかった。


02 / 8 切り取った名前

制作記録には、加工前の画像で見た文字が残っている。

原文 雨期B―17

続き 青葉コトハ

原作者確認前・外部配布不可

右端には、鋏を入れた跡。

コトハが、自分の指でその切り口をなぞる。

コトハ

「私が切りました」

ソウマ

「この頁が残っていれば、最初から借りた一行だと分かった」

コトハ

「はい」

ミラ

「そして私の加工で、残っていた押し跡まで消えた」

アキト

「俺は頁ごと持ち出した」

同じ一枚を、三人が別の理由で見えなくしていた。

制作記録は、修復用の透明紙へ挟まれた。

今度は、切り口も消さずに残す。


03 / 8 買ったもの

レシートの表には、十四年前の買い物が印字されていた。

便箋。

小封筒。

切手。

0.5ミリの黒ペン。

日付は、ソウマが友人への手紙を書いた週。

手紙の菓子缶に残っていた包装カードとも一致する。

レシートを裏返す。

黒い字が一行。

雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。

ソウマは、しばらく息を吐けなかった。

ソウマ

「俺の字です」

ミラ

「分かりますか?」

ソウマ

「“雨”の最初の線。昔、離して書いてた」

菓子缶の手紙と並べる。

郵の右側が小さい。

屋の最後だけ、上へ跳ねる。

筆跡も、買い物も、日付も同じ場所へつながった。


04 / 8 箱へ入れた日

雨の日の店が、今度は途中で消えなかった。

友人が引っ越したあと、ソウマは手紙を書いた。

最後まで。

封筒へ入れ、住所を書き、切手も買った。

それでも投函できなかった。

帰る前、店の低い机でレシートを裏返した。

送れなかった手紙の代わりに、郵便屋の話なら置いていける気がした。

ソウマ

「誰にも分からない形なら、渡せると思った」

一行を書き、木箱へ落とした。

窓辺では、十五歳のコトハが原稿を書いていた。

祖母が箱を開け、コトハがその一行を読んだ。

同じ日の店内にいた二人は、互いの名前を知らなかった。

コトハ

「私は、その一行を受け取りました」

ソウマ

「受け取ったあと、名前を消した」

コトハ

「はい」

過去は戻ったが、きれいにはならなかった。


05 / 8 四人が変えたもの

ミラが黒板へ、文章の移動を書いた。

ソウマ

匿名の一行を箱へ入れた。

コトハ

続きを書き、制作記録を切った。

アキト

元資料を無断で読み、赤字を残し、証拠を持ち出した。

ミラ

資料を読みやすくする過程で薄い痕跡を消し、失敗の履歴を隠した。

現在のコトハ

古い試し刷りを五冊目として置き、知らないふりをした。

一人の犯人がいたわけではない。

一つの文章へ、四人が別々の場所で触れた。

ソウマ

「全員、相手に聞く前に何かしてますね」

誰も否定できない。

それが、この事件の答えだった。


06 / 8 届けない、届ける

古い紙片と新しい紙片を残したまま、ソウマが現在の一文を新しい冊子の側へ進める。

机には、二つの一行がある。

十四年前。

雨の日だけ、手紙を届けない郵便屋がいた。

現在。

雨の日だけ、手紙を届ける郵便屋がいた。

ミラ

「元の形へ戻しますか?」

ソウマは、何度も読み比べた。

ソウマ

「昔の俺は、届けなかった」

封筒も。

最初の一行の名前も。

ソウマ

「でも、今の話まで“届けない”へ戻す必要はないと思います」

アキト

「理由は?」

ソウマ

「今度は、届ける話を書きたいから」

過去を訂正するのではない。

過去と違う言葉を、現在の自分が選ぶ。

アキトは赤鉛筆を取らなかった。

アキト

「その一文は残す」

今度は、作者が先に決めた。


07 / 8 誰の物語か

ソウマ

「原文は俺です」

コトハ

「続きの最初の形は、私です」

ミラ

「今の版は、四人で直しています」

アキト

「それでも、最後に決めるのはソウマだ」

以前なら、アキトは構造の弱さから話しただろう。

今は、決める人を先に確認した。

ソウマは少し考える。

ソウマ

「奥付に、全部書きたいです」

個人的な手紙の内容は書かない。

友人の名も出さない。

ただ、十四年前の匿名の一行から始まり、現在の作者が書き直したこと。

コトハが旧版の続きを書いたこと。

ミラとアキトが編集へ関わったこと。

隠していた事実ではなく、渡してよい範囲を四人で決める。


08 / 8 預け直す

ソウマは鞄から、レシートのカードを出した。

コトハへ渡さず、自分でコルクボードへ戻す。

ソウマ

「預け直します」

コトハ

「私がしたことは、なくなりません」

ソウマ

「はい。全部元どおりになったとも思ってません」

一拍置く。

ソウマ

「でも、完成させるかどうかは、それと別に決めたいです」

ミラが新しいファイルを作る。

加工前の原稿、修正版、変更理由を分けて残す。

アキトは青鉛筆を置く前に聞いた。

アキト

「ここから先、読んでいいか」

ソウマがうなずく。

ソウマ

「はい。最後の段落も」

付箋が外される。

十四年前に止まった第一号が、今度は全員の合意で動き始めた。

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