ホーム ›
創作ノート / 転換点と「以前とは違う選択」
もう一度、出してみない?
短編企画の募集ページを開いては閉じるソウマ。去年、完成原稿を送れず嘘をついたことを認め、今年は応募を断言する代わりに、迷っていることを隠さないと決める短編です。
読み始める短編企画の締切まで、あと十四日。
ソウマは募集ページを三回開き、三回閉じた。
問題は、作品がないことではなかった。
去年も、作品は完成していた。
1 今年は出す?
午後のアトリエは静かだった。
コトハは窓際で紙を裁ち、ミラはノートPCの画面を確認している。
アキトは本棚の前。
ソウマだけが、さっきからスマートフォンを開いては伏せていた。
開く。
閉じる。
また開く。
ミラ
「さっきから同じページですよね」
ソウマ
「見てた?」
ミラ
「三回目なので」
画面には短編企画の募集要項が表示されている。
今年のテーマは、
「雨」
締切まで、あと十四日。
ソウマの手元には、すでに書きかけの短編があった。
数日前から直している『雨の日の郵便屋』とは別の、ごく短い話だ。
書けていないわけではない。
むしろ、応募できるくらいには形になっている。
そのとき、メッセージが届いた。
差出人はレン。
高校時代から、ときどき作品の話をしている友人だった。
今年のやつ見た?
テーマ雨だって。
今年は出す?
ソウマは返信欄を開いた。
出す。
三文字打つ。
しばらく見る。
消す。
次に、
まだ分からない。
と書く。
それも消す。
スマートフォンを伏せた。
ミラ
「返さないんですか?」
ソウマ
「応募するか決めてないから」
「応募するか」と「返事をするか」は、本当は別の話だった。
けれどソウマは、同じものとして扱った。
画面をもう一度開いたとき。
レンとの古い履歴が、少しだけ上に見えた。
一年前。
提出できた?
その下に、ソウマからの返信はなかった。

2 応募できない理由
ミラが小さな紙を三枚、机へ並べた。
一枚目。
応募するか。
二枚目。
何を残したいか。
三枚目。
誰に最初に見せるか。
ソウマは三枚目を指した。
「それ、必要?」
ミラ
「一人で最後まで決めたいなら、必要ないです」
ソウマ
「じゃあ、なしで」
アキト
「レンは?」
ソウマが顔を上げた。
「なんでそこでレンなんですか」
アキト
「誘ってきたんだろ」
「誘われただけ」
「去年も?」
ソウマの返事が一拍遅れた。
ミラは追及せず、募集要項へ戻る。
「実務だけ先に確認しましょう」
字数。
締切。
ファイル形式。
未発表作品であること。
応募後の掲載条件。
AIを使った場合の規定。
一つずつ確認していく。
今回の原稿なら、どれも対応できる。
ミラ
「少なくとも、規定上は出せます」
ソウマ
「まだ完成してないです」
アキト
「直せる」
「締切近いです」
「十四日ある」
「十四日しかない」
アキトは募集要項を閉じた。
アキト
「条件の話は終わった」
ソウマを見る。
「じゃあ、何から逃げてる?」
ソウマは笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
3 去年、出さなかった
去年も、同じ頃だった。
レンから短編企画のリンクが送られてきた。
テーマを見て、ソウマも書けそうだと思った。
今年は出すわ。
そう返した。
レンも出すと言った。
締切まで、何文字書いたとか、タイトルを変えたとか、短い進捗を送り合った。
ソウマの原稿も完成した。
規定にも収まっていた。
締切日の夜。
応募フォームを開いた。
名前。
メールアドレス。
作品タイトル。
ファイル選択。
全部入力した。
あとは、一番下にあるボタンを押すだけだった。
応募する
カーソルを合わせた。
押さなかった。
五分。
十分。
締切まで一時間。
何度も読み返した。
直すところが見つかるたび、少しだけ安心した。
まだ送らなくていい理由ができるから。
締切時刻を過ぎた。
画面を閉じた。
翌日。
レンから来た。
どうだった?
ソウマは返さなかった。
その二日後。
忙しい?
それにも返さなかった。
一週間ほど経って、ようやく送った。
規定に合わないところあって、やめた。
アトリエの机で、ソウマはそこまで話した。
「完成してなかった、とかならまだよかったんですけど」
紙コップを指で回す。
「完成してたんですよ」
誰も言葉を挟まない。
「規定も合ってた」
窓の外を見る。
「ただ、押せなかった」
コトハが尋ねた。
「送るのが怖かった?」
ソウマはうなずいた。
それから少し間を置く。
「それより」
「はい」
「押せなかったって言うほうが、もっと嫌だった」
原稿を出せなかったこと。
それだけではない。
怖かったと言えず、待っていた相手から逃げた。
そのことを、去年からずっと誤魔化していた。

4 「出す」と言わない
しばらくして。
アキトが言った。
「じゃあ今年は、『出す』って言うな」
ソウマが顔を上げる。
「……は?」
「また同じことするぞ」
「出せって言う流れじゃないんですか」
「出せるか分からないのに『出す』って言って、自分で逃げ道なくして、怖くなったら消える」
アキトは淡々としている。
「去年と同じだ」
刺さった。
ソウマは何も返せなかった。
ミラが三枚の紙を見る。
「約束を小さくします?」
ソウマ
「約束?」
「応募する、じゃなくて」
ミラは一枚裏返し、書く。
迷っていることを隠さない。
ソウマが読む。
「それ、創作の目標として弱くないですか」
コトハが言う。
「でも、去年とは違う行動です」
その一言で、ソウマは黙った。
去年の締切日。
怖くなった。
返事をしなかった。
嘘をついた。
今年も怖くなる可能性はある。
それを消す必要はない。
ただ。
同じ場所で、同じ行動をしないことならできるかもしれない。
ソウマ
「締切前日に、まだ迷ってたら」
少し考える。
「迷ってるって言う」
ミラ
「レンさんに?」
「……うん」
アキトが尋ねる。
「今日の返事は?」
ソウマはスマートフォンを見る。
レンの、
今年は出す?
がまだ画面に残っている。
「それも、今返します」
指が返信欄へ向かう。
今度は、
出す。
とは書かなかった。
5 締切前日に、もう一回
ソウマは何度か書いて、消した。
最初は長かった。
説明しすぎていた。
謝りすぎてもいた。
最後に残ったのは、これだった。
雨の話、まだ残ってる。
出すかはまだ分からないけど、書き直してる。あと去年のやつ。
規定に合わなかったって言ったけど、あれ嘘。
原稿はできてた。送るのが怖くなって、出せなかった。返事しなかったのも、ごめん。
送信ボタンの前で、指が止まった。
ミラは画面を見ない。
コトハは紙を切っている。
アキトも何も言わない。
去年の夜と違うのは、誰かが隣にいることだった。
でも。
押すのはソウマだった。
送信。
メッセージが画面の右側へ移動した。
「……うわ」
スマートフォンを伏せる。
ミラ
「送れましたね」
「こういうの、送った直後が一番嫌なんですよ」
コトハ
「取り消します?」
ソウマは画面を見る。
数秒考えた。
「いや」
伏せたままにする。
「そのままにしときます」
返事はすぐには来なかった。
その間、ソウマは原稿を開いた。
募集要項も横に置く。
タイトル。
冒頭。
結末。
一ヶ所ずつ直す。
十分ほどして、スマートフォンが震えた。
レン。
ソウマは少し迷ってから開いた。
了解。
去年のことも了解。
じゃあ今年は、締切前日にもう一回聞く。
それだけだった。
「……怒ってない」
アキト
「怒ってほしかったのか」
「いや」
ソウマは画面を見たまま笑う。
「もっと、何か言われると思ってた」
コトハが言う。
「言われなかったことも、返事ですね」
ソウマは募集ページを開いた。
今度は閉じない。
ブラウザのお気に入りへ登録する。
そして原稿ファイルの名前を変えた。
これまでは、
rain-story-draft
だった。
少し考えて。
rain-story-submit-candidate
と入力する。
ミラが気づく。
「submit?」
「candidateです」
「提出版じゃない」
「まだそこまでは約束してないので」
アキトが小さくうなずいた。
応募するかどうかは、まだ決まっていない。
怖さも消えていない。
十四日後、また送信ボタンの前で止まるかもしれない。
でも。
去年と同じ場所へ戻ったとき。
今度は、一人で消えなくていい。
ソウマは原稿の続きを開いた。
出すための原稿ではない。
出すかどうかを、自分で選ぶための原稿になった。

この話で起きたこと
ソウマは、この話の最後でも「必ず応募する」と決めていません。
変わったのは、もっと小さなことです。
去年のソウマは、
怖くなる
→ 送れない
→ 相手へ返事をしない
→ 後から別の理由を作る
という行動を選びました。
今年は、
怖いまま、迷っていると伝える
という別の行動を選びました。
物語の転換点は、必ずしも主人公が大成功した瞬間ではありません。
以前なら取れなかった行動を選んだことで、その人物が前とまったく同じ状態には戻れなくなる。
そんな小さな選択も、物語を先へ進めます。
転換点を作るなら
主人公を変化させたいとき、「急に勇敢になる」「全部克服する」と考えなくても大丈夫です。
まず、以前の主人公なら同じ場面でどうしたかを考えます。
たとえば、
以前:怖くなったら返信しない
なら、次の場面では、
今回:怖いことだけ伝えて返信する
でも変化になります。
ポイントは、気持ちではなく行動を一つ変えることです。
小さな転換点を作る3つの質問
- 主人公は以前、同じ怖さに対して何をしたか
- 今回も同じ行動を取りたくなる理由は何か
- 今回だけ、一つ違う行動を選ばせるなら何か
主人公の性格を急に変えず、現在の人物にできる最小の違いを探します。
応募・投稿前に分けて考えること
創作物を外へ出す場面では、不安と実務上の問題が混ざりやすくなります。
まず分けます。
確認できること
- 締切
- 字数
- ファイル形式
- 未発表条件
- 権利・公開条件
- AI利用に関する規定
- 応募方法
答えが一つではないこと
- 本当に出したいか
- どこまで直せば十分か
- 誰に最初に見せたいか
- 結果を受け取る覚悟があるか
規定上の問題なのか、自分の怖さなのかを分けるだけでも、次にすることが見えやすくなります。
一行ワーク
あなたの主人公が、以前なら逃げていた場面を一つ思い浮かべてください。
前の主人公なら、____していた。
今回は、怖いまま____する。
その差が小さくても、行動が変われば物語は進みます。
この話を読み終えた
読了を記録すると、未読の物語を次の候補として表示できます。
この端末にだけ読了状態を保存します。
この話から持ち帰る問い
学びの地図
物語を作る
記事をさがす
物語をよむ
マイノート