ホーム ›
創作ノート / 曖昧を全部消さない
ミラの安全装置
AI校正の結果は「曖昧な箇所、47件」。 四十七件を直した原稿には、読者が迷う場所が減り、まひろが迷う時間もなくなっていた。
読み始める1 四十七件
「多い」
ミラは警告一覧を見て言った。
主語不明。時系列不明。感情の理由不足。指示語の参照先不明。
『記憶を売る店』の短編に、四十七件の曖昧判定がついている。
「全部直す?」
ソウマが聞く。
「自動修正版は、もうある」
ミラが出した原稿は読みやすかった。誰が話し、何日前で、なぜ迷うのか、すべて順に書かれている。
けれど、まひろは代償を聞いた直後から、自分の気持ちを正しく説明できる人物になっていた。
「だめだった?」
「だめじゃない」
ソウマは答え、続きが出なかった。
ミラは端末を伏せた。
2 六件だけ
アキトが四十七件を二つへ分けた。
事実関係が追えない箇所。人物の迷いが言葉になっていない箇所。
前者は六件だった。
「残り四十一件は?」
「曖昧というより、決まっていない」
「決まっていないなら、直したほうが」
「誰にとって?」
アキトの問いで、ミラは止まった。
読者が、昨日と今日を取り違える箇所。誰の台詞か分からない箇所。それは道しるべを足せる。
まひろ自身が、母のためか晴のためか分からない箇所。それは迷子ではない。人物の中で二つの理由が争っている。
ミラは修正版のファイル名を見た。clear_all_ambiguity.pdf。
安全装置のつもりだった。読者が困らず、作者も説明不足を責められないように。
けれど強すぎる安全装置は、動くべき場所まで止める。
3 全修正を押さない
画面の下に「全修正を適用」がある。
ミラは押さなかった。
六件だけを別リストへ移す。
読者が知る必要のある時刻。
話者が変わる位置。
瓶を手にした人。
残りには、ソウマへ確認する印をつけた。
この曖昧さは意図して残す?
まだ決めていない?
読者へ任せたい?
「全部、今答えなくてもいい?」
「いい」
ミラはすぐ提案を足したくなり、端末をもう一度伏せた。
コトハがほうじ茶を置く。
「待つのも安全装置ですね」
「私には、いちばん難しいやつ」
ミラは笑った。
4 警告の名前
六件を直すと、警告は四十一件残った。
数字だけ見れば、ほとんど改善していない。
それでも原稿は、誰がどこにいるか分かり、まひろの迷いは迷いのまま残っていた。
ミラはチェック項目の名前を変えた。
「曖昧を消す」ではなく、
「曖昧の意図を確認する」。
ソウマが画面を読む。
「四十一件、放置?」
「保護中」
「言い方」
「全部守るわけじゃない。作者が決めるまで、勝手に消さないだけ」
ミラは未使用の全修正ボタンを閉じた。
四十一件の警告は、失敗の数ではなくなった。
作品のどこを、まだ人が決めるのかを示す印になった。
5 四十二件目
翌日、ソウマは警告一覧へ自分で一件追加した。
「笑った」が誰の動作か不明。今回は不明なまま残したい。
「警告を増やす作者、初めて見た」
ミラが言う。
「保護中なんだろ」
四十二件目には、修正ボタンがない。代わりに「意図あり」「後で確認」「誤記」の三つだけを選べるようにした。
ミラは全修正機能を削除しなかった。明らかな文字化けや、人名の取り違えには必要だからだ。ただし、押す前に対象の一覧が出るよう変更する。
安全装置は、AIを止めるための鍵ではない。便利さが誰の判断を追い越したか、見える場所へ戻す仕組みだった。
ソウマは四十二件目を「意図あり」にする。数字が一つ減るより、自分で残した理由が一つ増えた。
この話で起きたこと
四十七件のうち、読者が事実を追えない六件と、人物自身が迷っている四十一件を分けました。AIの判定を捨てるのでなく、修正対象と意図確認へ用途を分けています。
創作に戻すなら
AIが「曖昧」と示した箇所を、事実の混乱・人物の迷い・読者へ開く余白へ分類します。前者には道しるべを足し、後二つは作者の意図を確認してから採否を決めます。
一行ワーク
曖昧な一文へ、「事実」「人物の迷い」「読者の余白」のどれか一つを書き添えてください。
この話とつながるガイド
この話から持ち帰る問い
その曖昧さは読者を迷わせていますか、それとも人物が迷うために必要ですか。
この話を読み終えた
読了を記録すると、未読の物語を次の候補として表示できます。
この端末にだけ読了状態を保存します。
この話から持ち帰る問い
学びの地図
物語を作る
記事をさがす
物語をよむ
マイノート