キャラクターストーリー / 守る手を離す

コトハが怒った日

ソウマが三度目の「どうせ」を口にしたとき、コトハは原稿を本人の手から取り上げた。 作品を守るための怒りは正しかったが、作品を持つ権利まで自分へ移してよいわけではない。

読み始める

1 三度目

「どうせ落ちるだろうし」

一度目は、誰も強く止めなかった。

「選考の人も、雨の日に配達しろって思うだろうし」

二度目、ミラが「予測ではありません」と言った。

「まあ、変な話だし」

三度目、コトハが原稿を取った。

湯のみが机へ置かれる。大きな音ではないのに、部屋が止まった。

「痛くないふりのために、作品を先に傷つけないでください」

「大げさだよ」

「大げさではありません」

コトハの声は静かだった。静かな分、ソウマには逃げ道がなかった。


2 作品に謝る

「落ちることはあります。直す場所もあります。でも、読まれている途中の作品へ、作者が先に『どうせ』と言わないでください」

ソウマは視線を落とした。

誰かに笑われる前に、自分で笑う。先にだめだと言えば、あとで傷つけられても、分かっていた顔ができる。

「ごめん」

「私ではなく、原稿に」

ミラが小さく息を吸った。

ソウマは原稿へ手を伸ばした。だが、コトハがまだ持っている。

「返して」

「今は、私が」

「俺の原稿だよ」

今度は、コトハが止まった。


3 守りすぎる人

「コトハは、作品を守るって言えば、俺がどう扱うかまで決めていいの?」

ソウマの声は怒っていた。

コトハの手に力が入る。

他人の書きかけを守ることは、コトハが最も得意なことだ。守っている間、自分の引き出しの鍵を開けなくて済む。

正しいから止める。傷つくから預かる。そうして相手の選択まで抱えれば、守るはコントロールへ近づく。

コトハは原稿を返した。

「取り上げて、すみません」

ソウマは受け取る。

「俺も、逃げるために作品を使った。ごめん」

原稿へ謝るのはやはり少し変だった。でも、二人とも笑わなかった。


4 触れる前に聞く

二人は短い約束を作った。

相手の原稿へ触れる前に、触ってよいか聞く。
自虐が三度続いたら、作品でなく本人へ聞く。

ミラが言う。

「三度は厳密?」

「目安」

コトハが答えた。

ソウマは表紙へ手を置く。

「変な話って言ったことは取り消さない。変だから残した」

少し考え、続ける。

「でも、逃げるための『どうせ』には使わない」

コトハはうなずいた。

怒った日は楽しい日ではない。仲直りですべてが軽くなる日でもない。

ただ、コトハが守る手を離し、ソウマが自分の手で原稿を持ち直した日になった。

5 次に怒るとき

約束を作った翌週、ソウマはまた「どうせ変な話だから」と言った。二度目だった。

コトハは数えた自分に気づき、嫌になった。三度まで待てば規則どおりだが、今すでに聞きたい。

「回数は目安でしたね」

「何の話?」

「今の言い方は、笑ってほしいですか。それとも、原稿を触られたくないですか」

ソウマはしばらく黙る。

「今日は、触られたくない」

コトハは原稿から手を離した。

怒らずに済んだことを成功にはしなかった。怒りが必要な日もある。大事なのは、我慢の回数を守ることではなく、本人へ尋ねる入口を失わないことだった。

その日の約束には一行加わった。

数えることが目的になったら、数えるのをやめる。

約束の紙は壁へ貼らず、四人が使う引き出しへ入れた。いつでも見える標語にすると、守れなかった人を裁く札になりやすいからだ。必要なときに取り出し、使えなければまた書き直す。その程度の強さでよかった。

紙をしまったあと、四人はいつもの飲み物を用意した。平常へ戻ることも、怒った事実を消すことにはならなかった。

この話で起きたこと

コトハの怒りは作品を守りましたが、原稿を取り上げることでソウマの決定権まで奪いました。二人とも自分の側の弱さを認め、触れる前に聞く約束へ変えています。

創作に戻すなら

怒りの場面では、引き金・守りたい境界・怒った後に変わる行動を置きます。怒る側を完全な正義にせず、その方法が別の境界を越えていないか確かめてください。

一行ワーク

怒る人物が守りたいものと、怒り方で傷つけたものを一つずつ書いてください。

この話とつながるガイド

この話から持ち帰る問い

守る行動は、誰の選択まで抱え込んでいますか。

この話を読み終えた

読了を記録すると、未読の物語を次の候補として表示できます。

この端末にだけ読了状態を保存します。

この話から持ち帰る問い

マイノートを見る
短編・作中作の一覧へ 対応記事へ戻る