キャラクターストーリー / 止まった原稿の途中

郵便屋は、まだ届けない

新しい紙の裏から、高校時代の一行が透けていた。 ソウマは続きを完成させるのではなく、まだ途中の一ページを一人へ渡すことにする。

読み始める

1 紙の裏側

コピー機から出た紙を光へかざすと、裏面の古い文字が透けた。

雨の日だけ、郵便屋は配達しない。

高校時代のノートを試し刷りに使ってしまったわけではない。ソウマが、自分で裏面へコピーしたのだ。

新しい一ページを書き始めたふりをしながら、二行目は古いノートの続きを写している。

「これ、再開って言うのかな」

机の向かいにコトハがいた。ミラは端末を伏せ、アキトは鉛筆を置いている。

誰も急かさない。

それが少し怖かった。

「完成させるんですか」

コトハが聞く。

「その言葉、今は無理」

ソウマは紙を裏返した。


2 配達しない理由

旧稿には、一行しかなかった。

今のソウマは、その先を知っている。郵便屋は昔、雨で一通を濡らした。文字が消え、待っていた人へ何も渡せなかった。だから雨の日だけ配達しない。

理由を書くと、昔の一行が急に正しく見えすぎた。

「きれいに説明しすぎたかも」

「今は判断しなくていい」

ミラが言った。

「珍しい」

「手が動いてるときは、案を出さない」

ソウマは、古い革袋を書いた。雨の日に使うはずで、一度も使われなかった配達袋。留め具が錆び、中は一通分だけ空いている。

そこで手が止まった。

昔なら、止まったことを失敗にしてノートを閉じた。

今日は、紙を閉じずに裏返しただけだった。


3 読ませる範囲

「一ページだけ、読んでいい?」

コトハが聞いた。

ソウマは反射的に断りかけた。

途中を見せるのは、完成稿より怖い。あとで直したと言えない。うまくいかなかった理由を準備できない。

「一ページだけ」

ソウマは紙を滑らせた。

「感想は、今はいらない」

「分かりました」

コトハは声に出さず読み、革袋のところで止まった。付箋も貼らない。読み終えると、紙を同じ向きで返した。

「読みました」

それだけだった。

誰かに読まれたのに、本文は増えず、削られず、評価もされない。

紙が同じ重さで戻ってきたことに、ソウマは驚いた。


4 改稿ではなく、途中

ソウマはファイル名を見た。

rainy-postman-rewrite-final。

「大げさだな」

rainy-postman-draft-in-progressへ変える。

「英語だと仕事っぽい」

ミラが言う。

「じゃあ、『郵便屋・途中』」

それで保存した。

完成の約束はしない。明日も書くとは言わない。

ただ、紙を持ち帰らず、アトリエの机へ開いたまま置く。

古い一行が裏から透け、その表で革袋がまだ空いている。

郵便屋は、まだ届けない。

それでも物語は、もう一行目だけではなかった。

5 読了しおり

翌朝、開いたままの一ページに、生成りのしおりが挟まっていた。

ソウマは一瞬、続きを催促されたと思った。表には何もない。裏返すと、コトハの字でこうある。

ここまで読みました。感想は、頼まれたら。

褒め言葉も、直す場所もない。読まれた事実だけだった。

ソウマは二ページ目を書き始めず、まず一ページ目の末尾を一字直した。それからしおりを次の白紙へ移す。今日そこまで書くという宣言ではない。読まれた場所と、まだ誰にも見せていない場所を分けるためだった。

古い革袋の口は開いたまま。入る手紙はまだない。

完成へ近づいたかは分からない。それでも、途中の原稿には「戻ってきた人」と「ここまで待った人」の二つの時間が残った。

しおりは締切ではなく、物語へ戻る場所だけを示していた。

この話で起きたこと

ソウマは旧稿を完成させる宣言をせず、一ページだけ書き、一人に途中まで読ませました。感想を求めない範囲も自分で決めています。

創作に戻すなら

止まった作品へ戻るとき、続きを書く以外に、最後の一文を写す・小道具を一つ決める・途中を一人へ渡す方法があります。再開と完成を同じ約束にしないでください。

一行ワーク

止まった原稿で、今日なら人へ渡せる最小範囲を決めてください。

この話とつながるガイド

この話から持ち帰る問い

完成を約束しなくても、今日は何を一つ開いたままにできますか。

この話を読み終えた

読了を記録すると、未読の物語を次の候補として表示できます。

この端末にだけ読了状態を保存します。

この話から持ち帰る問い

マイノートを見る
短編・作中作の一覧へ 対応記事へ戻る