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作中作 / 記憶を売る店 3
共有された記憶
『母さんは、俺に姉ちゃんを頼んだんだよ』。晴の言葉に、まひろは反射で「うそ」と言った。
読み始める1 二つ目の約束
病室の窓際に、プリンが二つ並んでいた。
晴はカラメルだけ先にすくっている。
「行儀悪い」
「入院中くらい自由をください」
まひろが笑ったあと。
晴が何気なく言った。
「俺、母さんと屋上でプリン食べた日のこと覚えてるよ」
まひろのスプーンが止まる。
「何を」
「母さん、姉ちゃんにだけ約束したんじゃない」
晴はふたの裏を指で折る。
「俺にも言ったよ」
「何て?」
「まひろのこと、お願いねって」
「うそ」
言った瞬間。
晴の顔が固まった。
まひろも、自分の声に驚いた。
晴はスプーンを置く。
「……じゃあ忘れて」
「違う」
「姉ちゃんの記憶が正しいんでしょ」
「そういう意味じゃ」
「そう聞こえた」
晴は窓の方を向く。
まひろは何も言えなかった。
自分は母との記憶を大切にしていた。
だからこそ。
他の記憶が入ってくる場所を、最初から空けていなかった。
2 プリンの黒いところ
しばらくして、まひろが言う。
「ごめん」
晴は返事をしない。
「続き、聞かせて」
「たぶんだよ」
「たぶんでいい」
晴は少しだけこちらを向いた。
「母さん、姉ちゃん頑張りすぎるから、ちゃんと困らせろって」
「そんな言い方する?」
「母さんだし」
少し笑いそうになる。
晴も続ける。
「そのとき姉ちゃん泣きそうで、母さん笑ってて、俺はプリンの黒いところだけ食べようとして怒られた」
「カラメル」
「黒いところ」
「そこは訂正する」
ようやく二人とも笑った。
でも、記憶は合わない。
まひろの中では、母は弱っていて、約束の声は軽かった。
晴の中では、母はまだ冗談を言っている。
同じ日の母なのに。
違う人みたいだった。
「店で確かめられるかな」
晴が言う。
まひろは一瞬迷う。
正解を知りたい。
でも。
どちらかが間違いだと決まったら、少し怖い。
「行ってみよう」
二人は短い外出許可を取り、病院の裏通りへ向かった。
3 正しい記憶は売っていない
店主は二人の話を聞いた。
まひろが言う。
「どっちが正しいか、分かりますか」
「分かる場合もあります」
「じゃあ」
「でも、この店では調べません」
二人とも黙る。
晴が先に聞いた。
「なんで」
「あなたたちが欲しいのは、裁判の記録ではないからです」
店主は瓶ではなく、白い紙を二枚出した。
「同じ日を、別々に書いてください」
まひろ。
風が強かった。
母の髪が頬に貼りついていた。
『晴をお願いね』と言われた。
晴。
プリンの黒いところがおいしかった。
姉ちゃんが泣きそうだった。
『まひろのことお願いね』と言われた気がする。
母さんの手が冷たかった。
「最後、眠かった」
「記憶に追記するな」
「覚えてる」
二枚を並べる。
どちらにも、相手が知らなかったものがある。
まひろの紙には母の髪。
晴の紙には母の冷たい手。
店主が言う。
「正しい一枚にまとめますか」
まひろは紙を見る。
少し前なら、そうしたかった。
母の約束を正しく保存したかった。
「……まとめません」
晴が顔を上げる。
「いいの?」
「違う方が、母さんが多い」
自分で言って、少し変な言い方だと思った。
晴が笑う。
「母さん増殖」
「そういう意味じゃない」
店主は二枚を重ねず、隣に並べたまま封筒へ入れた。
4 半分じゃない
店を出たあと。
晴が封筒を持ちながら言う。
「じゃあ、約束半分ちょうだい」
「半分?」
「俺の分、姉ちゃんが持ちすぎてたんでしょ」
まひろは考える。
母は、自分に晴を頼んだ。
晴には、自分を頼んだ。
もし本当なら。
約束は最初から二人の間にあった。
「半分は嫌」
晴が眉を上げる。
「なんで」
「半分にしたら、毎日きっちり五十パーセント持つみたいだから」
「じゃあどうする」
まひろは少し考えた。
「重い日に、持てる方が持つ」
晴が笑う。
「それ、姉ちゃんがまた全部持つやつ」
「じゃあ、お前が止めろ」
「了解」
「あとプリンのカラメルを黒いところって言うのも止める」
「それは断る」
病院へ戻る。
廊下の途中で、晴が急に言う。
「姉ちゃん」
「何」
「今日、俺の記憶を『うそ』って言ったの、まだちょっと腹立ってる」
まひろの足が止まる。
忘れたことにして、仲直りしたふりもできた。
でも。
「うん」
それだけ言う。
「ごめん」
晴もうなずいた。
全部きれいには戻らない。
でも、言わなかったことにはしなかった。
封筒の中には、同じ日の違う記憶が二枚。
どちらにも、訂正線はなかった。
この話で起きたこと
まひろは、自分が大切にしてきた記憶を守ろうとするあまり、晴の記憶を反射的に「うそ」と否定しました。
二人は正解を一つに決める代わりに、同じ日の違う覚え方を並べることで、お互いが見ていた母と、自分が背負っていた役割を見直します。
創作に戻すなら
同じ出来事を二人へ語らせるとき、食い違いをすぐ「どちらが正しいか」で解決しない方法があります。
何を覚えているかの差は、
その人物が何を見ていたか
何を大切だと思ったか
を見せる材料になります。
一行ワーク
同じ日を、Aは____と覚え、Bは____と覚えている。
この話とつながるガイド
この話から持ち帰る問い
同じ出来事を一つの正解にしないことで、初めて見える相手の気持ちはありませんか?
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